第10話「苦戦」

「よく引きつけてからだっ!」


 前哨のゴブリンやスケルトン、その少し後ろにオーク。魔物たちの大軍が押し寄せてきていた。

 大砲を任されている砲士たちに緊張が走る。

 自分たちの前には、銃を持った兵士たちが待ち構えているが、彼らだけでは魔物を止められないことは分かっている。

 魔物が接近する前に、大砲で大まかに蹴散らし、そのあとで兵士たちが各個撃破していくことになる。大砲でどれだけ倒せるかが、勝利の鍵となるのだ。

 大砲は大きく、砲弾の持ち運びが大変だ。移動がたびたび発生する、野戦には向かない。しかし、あらかじめ渓谷に敵を引きつけることは予定されており、大砲や砲弾をすでに運び入れていた。

 砲弾には爆薬が仕込まれていて、あのオークでさえ一撃で吹き飛ばすことができる。人間側の虎の子だった。


「今だ! 放てーーっ!!」


 指揮官が号令を下す。

 砲士たちが引き縄を引っ張り、一斉に発射した。

 巨大な砲弾が放物線を描いて飛来する。

 魔物の群れがいる場所に着弾、そして爆発。轟音とともに、黒煙と粉塵が舞い上がった。


「命中っ!」


 爆発に巻き込まれたゴブリンたちが空から降ってくる。

 両側に切り立った崖があるこの地形では、敵は正面からしかやってこない。大砲を当てるのは非常に容易だった。


「次段装填、急げっ!」


 後部の蓋を開け、弾頭と火薬を詰め直す。


「放てーっ!」


 再び発射、再び命中。ゴブリンたちが吹き飛んでいく。

 ゴブリンたちは慌てふためき、隊列を乱してあちこちに逃げ惑う。これを小隊に分かれた兵士たちが左右から銃を撃ちかけ、確実に仕留めていく。

 これを繰り返し、魔物を次々に狩っていった。

 しかし、大砲を恐れないオークたちが進撃を続けていた。

 大砲を撃ち込んでオークを吹き飛ばす、仲間の死を物ともせず、一直線につっこんでくる。


「三番隊、四番隊前進!!」


 指揮官が号令すると、砲士の後ろに控えていた部隊が前に進み出る。

 接近する敵をすべて引き留めるのが彼らの役目だ。銃剣を装着し、接近戦で仕留める覚悟で望む。

 四番隊にはドロテアも組み込まれていた。前哨戦から撤退し、後詰めと合流していたのだ。

 左右から銃撃を加えていた部隊はすでに、ゴブリンとの乱戦になっていた。こうなっては、援護射撃を加えることができない。

 正面からは、オークの集団が怒濤の勢いで押し寄せてくる。

 ドロテアはオークを照準に入れながら、ごくりとつばを飲み込み、攻撃命令を待つ。


「撃ていっ!」


 号令が下り、オークに対して銃弾の雨を浴びせる。

 オークの体に銃弾が吸い込まれていき、あちこちから血を吹き出して倒れる。

 連続して発砲し、また一匹、また一匹と倒していく。

 だが、それでもオーク軍団の進軍を止めることはできない。巨体が踏みしめる地響きがどんどん近づいてくる。

 ドロテアたちは、後ろに控える将兵を守る立場。撤退は許されない。震える手で、クリップにまとめられた弾を銃に装填し、再び射撃を仕掛ける。


「撃ち漏らした! オークが来るぞ!」


 誰かが叫んだ。

 オーク数匹が銃弾の雨を抜けて、ドロテアたちに迫っていた。

 近くの者は射撃を諦め、銃剣を構えて格闘戦に備える。もちろん、銃撃で死なないオークを銃剣で倒すのは難しい。しかし、負傷したオークであれば、討ち取れる可能性もある。

 オークが棍棒を振り回し、人間の集団に踏み込んでくる。

 兵士はオークの足に銃剣を突き入れるが、オークは構わずつっこんできて、兵士を踏み潰して進んでいく。


「なんとか押しとどめろ!」


 指揮官が命じるが、兵士たちは「どうやって!」と悪態をつきたくなる。

 無我夢中でオークに飛びかかっては、オークの怪力に吹っ飛ばされていった。


「ダメだ……人に当たる」


 ドロテアは、接近戦をしかける者を援護しようと銃を構えるが、撃てなかった。

 こうして撃つのをためらっているうちにも、また一人が潰される。


「くっ……。結局、誰も守れないんだ……」


 ドロテアの目に涙がにじむ。前哨戦で失った村の仲間が思い出される。

 突然、目の前に人が落ちてきた。

 オークの棍棒で吹っ飛ばされたのだ。


「大丈夫ですかっ!?」


 ドロテアは我に返り、兵士の容態を確認するが、すでに事切れていた。

 泣いている場合ではなかった。袖で涙を拭う。


「脳を撃ち抜けば……」


 オークは高い生命力を持っているが、脳や心臓を撃ち抜けば一撃で倒せる。しかし、臓器を守る骨は、人間のものとは段違いに硬い。弾の当たる角度によっては弾かれてしまう。

 脳を狙い撃つならば、目の穴から入り、脳に至るルートで撃てばいい。だが、オークの脳は小さいため、真正面から撃っても、目の奥に脳はない。やや下めから上方に撃ち抜く必要がある。

 ドロテアをかがんで銃をしっかり固定する。相手は3メートル以上あるから、無理に近づかなくても角度が合う。

 狙いを定めるが、オークは縦横無尽に暴れている。その動きに合わせて、脳を撃ち抜くのは容易ではない。

 もちろん、こっちからオークに合わせる必要はない。

 時間をかけて、自分が狙った場所にオークが来たときに撃てばいいのだ。といっても、撃った次の瞬間にオークは移動しているから、撃って弾が到達するときにオークがそこにいることを予測しなければいけない。

 ドロテアの視界には、オークに挑み、蹴散らされる仲間の姿が見える。

 早く撃ちたい、早く助けたい。引き金を引きたい衝動にかられる。しかし急所に当たらなければ意味がないし、仲間に当てることもできない。


(集中、集中……。弾の進む道だけを考えろ……)


 それはドロテアに銃を教えてくれた人の言葉だった。

 ドロテアが教えを請うと、まだ小さいからと断ったが、弟たちを守るために戦いたいという熱意に負けて教えてくれた。彼は先日、ボリスに殺されている。

 ドロテアは銃だけに意識を傾ける。

 すると、戦場の喧噪が聞こえなくなる。近くでは銃弾が飛び交い、魔物たちが大暴れしているはずだ。

 狙っているオーク以外も見えなくなる。こんなところを敵に狙われたらおしまいだが、今はそんなこと考えない。


「そこだっ!」


 ドロテアは引き金を引いた。

 銃弾が銃口から発射され、オークめがけて飛んでいく。

 オークの目から血の花が咲く。命中。

 オークは糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。


「やった!」


 ドロテアは狙撃に成功したのだった。





「メシアンの連中はどうした? まだつかんのか」


 後方にいた軍団長のスタファンは業を煮やしていた。

 渓谷に敵を引きずり込み、背後からメシアン村を中心とした部隊が挟撃する手はずになっている。


「敵の別働隊に遭遇したようです」


 副官が報告する。


「くっ……。いつまで持ちこたえられる?」


 副官は答えない。いや、答えられなかった。

 この戦力では勝ち目がないことは皆分かっていて、当てにしていた部隊が来なければ敗北する。魔物の数を着実に減らしているものの、すでに押されていた。

 スタファンは拳を握りしめ、怒りを必死に抑えている。

 勝つには援軍の到着を待つしかない。しかし、それが遅れれば遅れるほど、味方が死んでいく。いつ見切りをつけるか、撤退のタイミングは非常に重要だった。


「ゴーレムが確認されました! 渓谷に入ってきます!」


 新たな報告が入る。

 ゴーレムとは、土と石でできた魔物。生物にはほど遠いが、魔法によって自律して行動ができる。硬い体を持ち、銃弾や剣をほとんど無効化する。人間は大砲か、爆薬で吹き飛ばす以外に立ち向かうすべを持たない。


「万事休すか……」


 スタファンは息を長く吐き、うなだれる。

 援軍が期待できない以上、撤退するしかなかった。

 しかし、虎の子の大砲を失うことになる。大砲なしに今後、魔物を打ち破れるのか、その親玉であるボリスを倒せるのか、大いに疑問だった。

 スタファンは立てかけていた自分の剣をつかむ。

 1メートル以上ある大きな剣で、自重と遠心力でオークにも致命傷を与えられる代物だ。取り扱いは難しく、連合軍ではスタファンしか振れる者はいなかった。


「俺が出る。その間に撤退しろ」


 副官に命じる。


「無茶です! 一人でどうなるものではありません!」


 スタファンは連合軍で一番腕が立つ。一対一ならばオークにも勝てる。しかし、集団相手に立ち回れるほど超人ではない。


「分かってる!! 大砲を引き上げさせろ。あれがなくては人間に勝利はねえ」

「しかし……」


 スタファンの言うことはもっともで、副官も返す言葉がない。


「たたた、大変です!!」


 ひどく慌てた兵士が飛び込んでくる。


「どうした? 落ち着け」

「は、はい……」


 兵士は全身をガタガタと震わせている。


「何があった?」

「ま、ままま魔将が現れました……」

「魔将だと!? ボリスか?」

「い、いえ……」

「では何だ?」

「あのような者、見たことがありません……。大きい……すごく大きい……」

「大きいだと?」

「黒い……黒い悪魔……。こ、殺される……」


 そのとき、突風が吹いた。

 陣幕が強風に耐えきれず、吹き飛ばされてしまう。


「くっ」


 周りの兵士たちも強風で倒れてしまうが、スタファンは剣を支柱して、なんとか堪えた。


「あ、あれは……」


 上空に黒い物体が見えた。

 黒い。そして大きい。


「なんだいったい……」


 何かは分からないが、かつてないほど凶悪な悪魔であることは、誰の目にも分かった。

 スタファンの足が震える。

 あれに関わってはいけないと本能が告げていた。


「魔将……いや、魔神か……」

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