第6話「人間」

 偽女神の登場は、人間を一つに団結させる効果をもたらした。

 ウルリカの村長ラモンは近隣の村々にボリス打倒を呼びかけ、それぞれが応じた。

 魔物に従うか、魔物と戦って死ぬかを天秤にかけさせれば、どの村も後者を選んだのであった。

 それだけではない。招集を求められた村々からすると、兵や物資を供出しないと答えれば、魔物と手を組んだウルリカと敵対し、滅ぼされかねないというプレッシャーがあった。

 魔物と戦って殺されるならまだしも、人間同士で争うのはこの状況で考えられなかったのである。

 そうして、歴戦の強者であるスタファンに軍団長を任せ、人間たちは存亡をかけて魔物と戦おうとしていた。

 七将の一人ボリスは、女神との交渉が決裂したと知り、魔物の軍団を人間領に侵攻させる。

 スタファンはすぐさま連合軍を率いて、魔物軍を迎え撃つ。

 これには、アンリの案内係であったドロテアも加わっていた。


「撃ていっ!」


 隊長の命令の下に、兵士たちが一斉発射する。

 人間に向かって突進してきていたゴブリンたちが、鉛の弾丸を受け、蜂の巣になって倒れていく。


「よし!」


 ドロテアは腕を上げてガッツポーズをする。


「次が来るぞ! 構え!」


 ここは戦場だ。一つ一つに喜んでいる場合ではない。

 ドロテアはすぐに気を取り直して、銃を魔物たちに向ける。


「撃てっ!」


 連続した銃撃音。

 硝煙が晴れると、先ほどと同様にゴブリンたちが折り重なるように倒れている。

 何だ、魔物なんてたいしたことではないか。ドロテアを含む兵士たちはそう思っていた。ただ数に劣っていたから苦戦していただけで、村々が協力すれば魔物などこんなものである、と。


「オークだぁー! 散開! 散開―っ!」


 隊長が叫ぶ。

 今度は、大きな緑の塊がつっこんできていた。

 正体はオーク。ゴブリンの二倍から三倍の大きさがあり、筋肉質な体躯から繰り出される攻撃の威力は、人間を遙かに上回る。

 近くにいた兵士がオークたちの突進を受けて、文字通り弾き飛ばされる。

 取り乱した兵士たちはそれぞれに発砲するが、オークは被弾に構わず、さらに迫ってきた。

 続いて発砲。手足を撃ち抜かれるが、それでも勢いは止まらない。


「あ、あああ……」


 ドロテアは震える手で、空になった薬莢を排出し、次弾の引き金を引く。

 しかし、弾は出なかった。弾切れだ。

 弾薬の入った鞄から、クリップを取り出し装填しようとするが、影が差し、手元が急に暗くなる。

 見上げると、目前までオークが来ていた。

 250センチはあろうかという巨体。

 オークは巨大な棍棒を振り上げる。

 ドロテアはすぐさま横に飛んで、かろうじてその攻撃をかわす。

 棍棒が叩きつけられ、ドロテアのいた地面が真っ平らになった。


「ぐおおおおおっ!?」


 オークが悲鳴を上げた。

 見ると、オークの喉元に刃が突き刺さっていた。


「隊長っ!」


 隊長はドロテアを助けるために、銃に剣を取り付け、オークに接近戦を挑んでいた。

 背の高いオークの喉を串刺しにするのは、リーチが足らず、傷が浅くなってしまい、致命傷とはならなかった。

 オークは銃をつかみとり、その怪力で隊長ごと投げ飛ばしてしまう。

 隊長は木に背から衝突し、口から血を噴き出す。

 なんとか立ち上がろうとするが、支えとしようとしていた銃が折れ、そのまま倒れてしまう。


「に、逃げろ……」


 隊長はかすれる声でドロテアに呼びかける。

 ドロテアは手早くクリップを装填し、オークの顔に銃弾をお見舞いする。


「ぐおおっ!?」


 これでもオークは倒れない。オークに致命傷を与えるには、大きな頭に少ししか詰まっていない脳を撃ち抜かなければいけないのだ。

 よろめいたオークの横をすり抜け、隊長のもとへ向かう。


「しっかりして!」


 ドロテアは隊長に肩を貸し、助け起こす。


「一度退いて立て直せ……」


 銃は人間が誇る強力な武器だが、人間とはかけ離れた生命力を持つ魔物を一撃で倒すには至らない。集団で撃ちかけることが最良の戦法とされ、一度隊列を乱されると、大幅に殲滅力が低下してしまう。

 あちこちから、銃声とうめき声が聞こえる。それぞれ兵士が戦っているのだ。しかし、うめき声は圧倒的に人のものが多かった。


「はい……」


 ドロテアは銃を肩にかける。そして、オークに背を向け、隊長を伴いながら走り始める。


「くうっ……」


 ドロテアは悔しかった。

 この銃があれば魔物を倒せる。そして、弟たちを守れると思っていた。しかし、戦場に来てみれば自分の力など微々たるものだった。

 それに対して魔物は強い。人間なら銃で撃たれれば、痛みでほとんど反撃できないほどになってしまう。だが魔物は痛みをあまり感じないのか、少し被弾したくらいでは動じない。傷もすぐに塞がってしまうので、出血多量で殺すのも、一斉射撃を仕掛けるしかないのだ。


「あっ……」


 茂みからゴブリンが飛び出してきていた。

 考え事をしていて、発見が遅れた。ゴブリンは短剣をまっすぐドロテアに向かって突き出す。

 ドロテアは反撃は間に合わないとみて、腕で防ごうとする。


「くっ!」


 ゴブリンが後ろに吹っ飛んでいく。

 額からは血を吹き出している。

 隊長の手には拳銃があり、とっさに引き抜いて早撃ちをしたのであった。


「ぼうっとするな……」

「すみません……」


 部隊は潰走状態であった。





「撤退だ、撤退しろぉー!」


 馬上のスタファンが叫ぶ。

 撤退を命じる信号ラッパが鳴り響いた。


「くそっ! ザコ相手になんてザマだよ……」


 戦争に参加した人間の数は2000を超える。数の上では魔物の倍だったが、苦戦を強いられていた。

 まだ予備の兵力を残しているので、勝敗は決まったわけではないが、予想は大いに裏切られていた。


「軍団長! ご報告です!」


 スタファンのもとに軽装の兵士が現れる。


「ボリスの姿はいまだ認められません!」

「ちっ! あの野郎、なめやがって……!」


 この戦いにまだボリスは参加していなかった。一人で精鋭100人との戦いをするような、自分の力を誇示するタイプの魔将であれば、今回も単独行動を取るかと思っていたのだ。スタファンはそこを襲撃して討ち取る手はずだったが、計画は大いに乱されている。

 ボリスのいない戦闘で苦戦しているようであれば、この戦争はかなり厳しいものになることが予想できた。

 やはりウルリカの精鋭を失い、王国の正規軍なしでは、軍隊としての練度が足りないのだ。


「ああ、こんなときに女神様がいれば……」


 スタファンの苦渋を見た兵士がつぶやく。


「馬鹿野郎! 女神なんていねえ!! 自分の力で魔物を討つ、それ以外に人間が生き残る道はねえんだよ!!」

「は、はいっ!」


 スタファンの怒りをもろに受けた兵士は、文字通り飛び上がってしまう。


「伝令!」

「はっ、何なりと」


 他の兵士が、スタファンのそばでかしこまって言う。


「メシアンの連中に伝えろ。俺たちは渓谷に魔物を引きつける。背後をつけ」

「承知!」


 伝令はすぐさま走っていく。


「神はいねえんだ……。頼れるのは自分らのみ……」


 スタファンは馬を返し、撤退を始めた。

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