第2話 食べたい
「…大丈夫?」
「?何か今の話で問題がありましたか天使様?」
「あの子のことだからこの街に無事に帰ってくるっていうのは分かる。そうじゃなくてその傷のこと」
「ああ、天使様に心配していただきありがたく思いますが、それは問題ありません」
男がそう言うや否や、その体に突き刺さっていたガラス片はポロリと抜けていってしまった。体の傷口も血の一滴すらこぼすことなく次々にふさがっていくことに私は驚いた。あまりに早すぎる。魔術による高速治癒ではないことは男の魔力の動きからわかるし、ほんの一瞬男の顔に見慣れない紋様が浮かんでいた。これはもしかして?
「…寵愛を得ている?それもかなり強い」
「さすが天使様です!僕が寵愛を受けていることを一瞬で見抜いてしまうとは!今この国でも寵愛の力を得ている者はほとんどいないというのに!」
「…それなら、お前は危険な存在だ」
私が寵愛を持つ者に出会ったのは、ずっと昔だ。まだ私がお父様と国のみんなと暮らしているころ、その暮らしの邪魔をするためにたびたび彼らはやってきた。炎に愛されて燃え尽きた女の人、水に愛されて最期は海の底に沈んだおじいさん、嵐の申し子みたいな少女。その誰もが私達が相手にするには強すぎた。
だから私たちは…
「ええと、天使様、僕は危険ではないと思いますよ?現にほら、僕には安全装置が付いていますから」
私が追想の中に沈みかけた時、少し気まずそうな目の前の男の言葉に意識を持っていかれると同時に、とても驚かされた。男がまくって見せた袖から除く腕には、使用者が何時でも意思や自由を奪うおぞましい呪いの魔道具が埋め込まれてている。昔戦争の時代にはよく使われていたものだ。あれが現存しているなんて。
「…理解が出来ない。お前ほどの力を持ちながら、そんな物を甘んじてその身に受けるとは」
「おお!それほどまでに僕を評価していただけるとは!光栄極まりない事です!」
私が威圧しても、男はへらへら顔のままだ。暖簾に腕押ししていても疲れるだけだから、本題に入ることにした。
「…別にほめてない。それより、結局ヒイロのことを私に伝えるのが貴方の仕事?私は日課の瞑想で忙しいから、用がないなら出て行って、迷惑」
「おおっと、天使様とお話しすることが出来て舞い上がってしまっていたようです、失礼しました。僕はヒイロが戻るまで、貴女様の生活に不便が無いようにと、国より取り計るように命じられ参上した次第です」
「別に一週間くらい、困らないから。国には私が言っとくから、帰って」
男はなおもめげずに続けた。
「まあまあ、そう言わずにこちらを」
優雅な一礼と共に、目の前の男は指を鳴らした。すると、仕掛けていた魔術陣が解き放たれることが分かったので、私はちょっと身構える。別に怖くはないけど。
「あ、これって!」
「ふふ、左様でございます」
展開された魔術陣からは色とりどりの流行りのお菓子が飛び出しこれまた現れたテーブルの食器にきれいに並んだ。ちょっと確認しただけだが、発売されたばかりの水晶バチのハチミツで出来たマカロンに、朝日が昇る前に並ばなければ買えないと聞いた希少な綿飴雲ドーナツ、それに果物の果汁を魔術で加工し混ざらず、きれいな色の層になるジュースまであるのだ。
…普通に食べたい。うーむ、男を追い出して食べるのは少しバツが悪いというやつかも。それにヒイロが知ったら普通に叱ってくるだろうし。
「せっかくの顔合わせなので、ご用意させていただいたのですが、お気に召しましたでしょうか?」
悩んでいる私の気持ちも知らず、へらへら顔から一転、不安げなまなざしを浮かべた男に問いかけられた。うぬぬ、どうしよう。
……「いいですかお嬢、美味しいお菓子は偶にちょっと食べるから美味しいのです。それに朝並ぶのも大変なんですからね?次は来週まで我慢ですよ?」……
いつものヒイロだったらこんなに豪華なおやつにはならないし、絶好の機会である。しかし、テーブルで出会って即ハリネズミに知らない男と向かい合って食べるのかあ。気まずい。
「あのー、天使様?」
…しかし、食べたい!
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