塔の天使、星の悪魔

@wararawa

第1話 こんにちは!

塔のてっぺんから眺める景色はいつもと同じで、空の青さやまぶしさに少し疲れるだけで、何も感じない。

ここにやってきてどれだけ立ったのかもわからないし、知る必要もないことだと私は知っている。

なぜなら私には何もない。誰かのために何かをしたり、 怒ったり悲しんだり喜んだり、傷ついたり。

そもそも生きることだって意味のない事なのだから。

…お父様、私はいつどのように終わればよいのですか?それをあなたはもう教えてはくれないのでしょう。

今日もいつもと変わらない、ただぼんやりしていれば終わってくれる一日のはずだった。


抱き心地のよいぬいぐるみを抱えながら、ぼーっとしていると、すごいのが近づいてくるのが分かった。すごいといっても並大抵の者じゃない、だって身に抱えた尋常ならざる量の魔力を並みの人間以下であるかのように装っている。わたしには分かるけど。しかも不可視の魔術陣を複数展開して、意のままに発動できる状態みたいだ。私にはバレてるけど。


久々に起ころうとしている非日常。だけど私はそんなに気にならない気がした。なぜだろう、きっといつもこのような手練れと遭遇する時には相手に必ず私を殺そうという執念を感じさせられたからだろうか。今近づいてくる気配はそんな感じじゃなくて、なんて言えばいいんだろう?分からないけど、懐かしさを感じてしまうような。そんなことを珍しく考えていたら、気配の持ち主が既に私の目の前にやってきていることに気づいた。

どうやったって気づく。だって勢いよくドアを開けるんだもん。


「やあ、はじめまして、塔の天使様。僕の名前はカグヤといいます、ご機嫌いかがですか?」

「…」

抱えたぬいぐるみの隙間から声の主を観察する。若い男で、この国の軍服?なのだろうか、星のような飾りがあちこちに付いた派手なそれを着ている。背は私よりかなり高いみたいで、この国の人に多い髪色の金ではなく、薄桃色の珍しい髪色をしているのが気になった。

「…」

「…あまり気が晴れないようでしたら今日は出直しましょうか?」

「…私に用があるならヒイロに聞いて。何を聞きたいか知らないけど、あなたたちの欲しい知識だったらあの子伝いに教えられるし、そういえばヒイロは?」

ヒイロはここで暮らす私の身の回りのことをあれこれやってくれる娘で、珍しく私のことを恐れないみたいであれこれ騒がしくする、そんな娘だ。

…そういえば、昨日から来ていない。あの子は私の世話係になってから一日だって欠かさずここにやってきていた。


「ふふ、彼女がどうなっていると思いますか?すこしばかり愉快な姿になっていますよ」

「…あ?」

おかしそうにくすくす笑う男の言葉につい、つい私は無意識に少しばかりの魔力による威嚇を伴った返答をしてしまった。嵐のようにそれは部屋の中を荒れ狂って、いろいろ壊した。

「おお、噂で聞くのと見てみるのではやはり違いますね、純粋な魔力の放出でこんなことが出来るとは」

「驚いてないで、ヒイロがどうなっているのか答えろ下郎」

私の少しばかりの威嚇がそんなに面白かったのか、男は魔力の余波で割れた窓や身体に突き刺さったガラス片を観察していた。私の言葉が届いたのかそうでないのか、ガラス片でハリネズミみたいになった男は彼女はですねえ、と愉快そうに答えた。

「彼女、一昨日の夜に飲みすぎたみたいで。周りの証言によると海が見たいと言い出して、軍部で試作中の飛行船をジャックして海を目指して飛んで行ってしまいました」

「はあ!?」

男の予想だにしなかった言葉に面くらった私は、男を殲滅するために用意していた魔術陣を消してしまった。

「そ、そう。それで、ヒイロは今どこなの?」

「大陸北端の港を擁する街である常冬から昨晩に酔っ払いの女とその一団を保護したので送り返すと連絡が届きました。まあ、戻るのに相当に頑張って一週間以上はかかるでしょうね」

「はあ、そんなことしてたのかあの子。やっぱりどこか馬鹿だな」

私はヒイロが無事であることにほんの少しだけ安堵した。なぜならそう、彼女が居なくても問題はないが、彼女は私に知識を訪ねたい者たちにめんどくさがりな私の代理として伝えてくれたり、かわいいぬいぐるみを持ってきてくれたり、流行りの菓子をお土産に持ってきてくれたり。ほんの、ほんの少しだけ彼女のことを私としては気に入っているのだ。ふうと息を落ち着けると、目の前には楽しそうに思い出し笑いをしている男がいる。

ただし突き刺さったガラス片で男はハリネズミみたいだが。

…わりとまずいかもしれない。

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