第11話 喧嘩師の采配 ※永倉新八side
「納得、いかねぇ」
小さく呟いてあの人の部屋へ向かう。たとえ切腹させられるとしても、これだけはきっちり言わせてもらうぜ土方さん。
山南さんのこと……
「なぁ土方さん。あんた、伊東のことどう思ってんだ?」
「口と頭しか回らない奴。あとはそうだな…、袴の手入れしょっちゅうし過ぎてて気持ち悪りぃ」
「いや、袴の手入れは人それぞれだろうけどよ……」
遠慮のない言葉、やはり土方さんも伊東を良く思ってはいないのだろう。
「山南さんのことか?」
「……あぁ」
なんだ、気付いていたのか。この人はいつもそうだ。こっちが一しか出してねぇのに十のことを見抜いている。江戸にいた頃からそうだった。
「参謀ってのは総長より上なんだろ?なんだってあんな奴が山南さんより偉いとこにいるんだよ。新撰組は俺たち試衛館の面子で作ってきたようなもんじゃねぇか」
ま、正しくは『試衛館の面子で作れるようにあんたが仕向けてきたんじゃねぇか』だな
俺の言いたいことに気付いているなら遠慮する必要も無い。土方さんに聞きたかったのはどうして昔からの同志を差し置いて伊東を重用するかってことだ。
もちろん近藤さんが伊東を歓迎してるのは知ってる。けど、あの何か企んでるような目を、あんたが見抜いてねぇわけねぇよな?
……だが、土方さんは同志の情よりも新撰組をでかくすることを優先させるつもりなのか?"鬼の副長"として?
「そもそも総長なんてお飾りの役職で生殺しにしておいたら山南さんが気の毒だ。あの人には学も才もあるじゃねぇか。いくらあんたでも、あんまりだぜ」
土方さんは冷たい目で俺を見据えていた。しばらく沈黙が続く。
切腹にするならすればいい
左之みたいに単純なわけじゃねぇが、思ったことも正直に言えねぇ組織なんか、居てもつまらねぇからな。
土方さんが俺の意見を突っぱねるなら俺の方から出て行ってやる。
「ったく……俺のやり方に正面から食ってかかる奴なんてお前と総司くらいだよな」
土方さんの表情がふっと緩んだ。
「お前の言う通り、新撰組は俺達が作ってきた。これからもそうだ。そして"俺達"の中にはもちろん山南さんも入っている」
「ならどうして……」
「相手がお前じゃなかったら、俺はこう答えるだろうな。『隊務に参加できねぇ山南さんより伊東が立った方が隊士への示しがつきやすい』」
「…」
確かに最近の山南さんはほとんど隊務に参加していない。だからと言って何も出来ないわけじゃ無いだろ?それに山南さんを干したのは他ならぬ土方さんじゃねぇか。
「永倉。生え抜きの連中ばかりの幹部に何故伊東を入れたか、わかるか?」
「俺はそれを聞きに来たんだよ」
土方さんは正座を崩して胡坐をかくと、煙管を手にとった。
「伊東は弟子をぞろぞろ連れてきただろう。組織に人が増えるってのは諸刃の剣だ。あいつらが入隊すると聞いた時点で何かゴタゴタが起きると思っていたんだ」
「それなら尚更あいつらを役職につけるべきじゃねぇだろうが」
参謀の伊東だけでなく、伊東の弟や伊東と親しい篠原という男も組長やら監察やらについている。
「いや逆だ。俺は敢えて連中に役をくれてやったんだよ」
にやりと浮かんだ不敵な笑みを見て土方さんの言わんとしていることにやっと気が付いた。
そうか。これは、土方さんがやろうとしていることは……
「こいつは喧嘩だ。俺らと奴らとの」
取れるもんなら取ってみやがれ
"俺達"が作り上げてきた、この新撰組を
「江戸にいた頃から喧嘩に関しちゃ勘が働く方だと自分では思ってるんだが」
この采配は伊東への真っ向勝負の役付けだったってのか。
「で、山南さんの話だが……山南さんに学や才があることはもちろんわかってる。
けどな、優し過ぎんだよ。斬り合いより話し合いを好むあの人の性格は、この喧嘩には不利だ。相手に付け込まれる要因になるし本人には負担にしかならねぇ」
「矢面に立つのは自分だけで十分、ってわけか?」
「まぁ格好つけた言い方すりゃそうだな」
「格好も何も実際そうじゃねぇか。ならその意図を山南さんには伝えたのか?」
すると土方さんは慌てて首を横に振った。
「冗談じゃねぇ。んなこと面と向かって言えるわけねぇだろうが。お前もこの話、山南さんに言ったら切腹にすっからな」
「…」
まったく、なんて人だ。
山南さんがこのところ塞いでいるのに気付いてないわけがないだろうとは思っていたが、表に立ったらもっと彼が傷つくことまで土方さんは把握してたのか。
喧嘩もしつつ山南さんのことにも頭が回る。そのくせ自分の気遣いを、本人には言おうとしない。
あぁ、それで……
少し前に山南さんがこんなことを言っていたな。
『私のために土方君には気を遣わせてしまっているのでしょうね。私は私なりに、できることを探しますよ』
山南さんは土方さんの気遣いに気付いている。だがお互いに、そんなことはおくびにも出さない。
土方さんは山南さんを矢面から守るため。山南さんは土方さんに思う存分喧嘩を楽しませるため。
どんだけねじ曲がった思いやりだよ……
ここまでくると苦笑するしかない。
土方さんは決して情を忘れ去ったわけじゃない。表に出さないだけだ。
それがこの不器用過ぎる"鬼"の生き方なんだろう
「あ、師匠」
土方さんの部屋を出て縁側を通ると団子を頬張る秋月と総司が並んで座っていた。
一番隊は今日の巡察当番だったはずだが。
「永倉さん、もしかして土方さんの所へ行きました?」
「……あぁ」
総司も変なところで勘のいい奴なんだよな
「土方さんって面白いですよね。あの人、自分一人で何でも背負い込むのが格好いいって思い込んでいるんですよ」
「何の話ですか?」
「何でもありません、ふふ」
クスクス笑いながら誤魔化した総司に、秋月は不思議そうに首を傾げる。その後ろを俺は黙って通り過ぎた。
やっぱりすげぇな。俺には絶対に真似できねぇ。
近藤さんが一番上で、どんと構えていて、副長があんたである限りきっと新撰組は何だって出来るだろうぜ。土方さん。
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