第50話
◇ PM4:20
帰り道、カイは、走りに走り通した。家に駆け込み、その勢いのままレイが使っていた部屋へとなだれ込む。ずっと嬉しげに伴走していたメルが、ぱたぱたと尾を振りながら、一緒に部屋に転がり込んだ。
『律義に全部持ち帰っていたからな』
あの男の言葉が、脳裏に蘇る。
しまうとしたら、あそこか。そう見当をつけ、古びた木の机の引出をぐいと引く。
だが、いくら引いても開かない。なぜだ? 何かが引っ掛かっているような様子もないのに。
ミナの机の「秘密」を知らないカイは、苛立ちに任せてさらに力を込めて引き手を引いた。と、突然、“引き出し”が丸ごとガコン! と外れ、カプセルが溢れるように転がり出してきた。数十個はあろうそれらは、互いにぶつかり合い、カラカラと軽やかな音を立てて床に落ち、部屋中に散っていく。
しばらく呆然とその光景を眺めていたカイは、やがてゆっくりとした動作で足元の1つを手に取った。もう1つ。さらにもう1つ。どれも最もよく出る人形、カイがかつてレイに似ていると形容した、あの人形だった。あのときごく何気ない風に渡されたレア度No.2、あれは、このたくさんのカプセルから勝ち取ったものだったのか。
カプセルから出されることなく転がり続ける人形たち。見ているうちに、不意に胸の奥を掴まれたような感覚に襲われ、涙が、静かにカイの頬を伝わりはじめた。
***
冷水で感覚が半ば麻痺するまで顔を洗って部屋に戻ると、カイは再びレイのポシェットを手にした。クッキーは先ほど出したが、絵本は入れられたままだった。本を引き出し、なおも内部を探ると何かが指先に触れた。慎重に引き出すと、それは長い紐のついた小さな巾着だった。
「なんだ、これ?」
そう独りごちながら巾着の口を開けて中身を掌に空けると、コインが2枚、飛び出してきた。見たことのないデザインが施されたそれは、通常のコインより2枚の小さめで非常に軽く、その白っぽい輝きが、それが本物の金ではないことを告げている。
「ゲーセンの、コインか?」
さらによく見ようと、コインを指に挟んで掲げてみる。
不思議なデザインだ、と思った。左に、頭を上にした魚、右に頭を下にした魚。上下に、人間らしき姿。上の人は頭を右に、下の人は左にしており、見ていると、上半身が人間、下半身が魚の“人魚”のようにも、魚から人へ、また人から魚へと姿を変えて行くようにも見える。
“人魚”。あいつが好きだった、物語。なぜか落ち着かない気分でコインを持った手を下ろす。と、その腕が机に当たり、端に乗っていたスケッチブックがばさりと落ちた。
慌てて拾おうとした手が、止まる。落ちて開いたページには、コインのデザインとよく似た、人魚が描かれていた。絵の中の人魚は、体の前に腕を引き寄せ、手の中に何やら丸いものを持っている。丸の中にはうっすらと絵が描かれ、カイにはそれが今、目の前にあるコインの絵と同じもののように見えた。―何か、意味があるのだろうか?
「いや、考えすぎだろ。コインの絵柄を気に入って写したか、人魚姫の物語のシーンを描いたか、そんなとこだろうな」
そう思いながらも、何となくすっきりしないものが、カイの胸中に残り続けた。
「これ、見覚えある?」
夜遅く帰宅した姉に巾着を渡すと、ミナは不審げな顔で検分し、首を横に振った。
「知らないわ。どうしたの、それ?」
レイのポシェットから出てきた、そう告げると、ミナはちょっと考え込んだ。
「誰かにもらったものか、そうでなければ、最初から持っていたことになるわね。でも、だったらなぜ見せなかったのかしら。身元がわかるヒントになったかもしれないのに」
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