第41話
◇ PM2:15
「こちらへ、慌てないで、でも急いで!」
他の乗員もまた、客を救命ボートへと懸命に誘導している。
彼らの共有し得た情報は、何らかの事情で船底がダメージを受けたこと、推進装置の調子がおかしいこと、そして、救命ボートが少なくとも1艘ダメージを受け使い物にならなくなったこと、それだけであった。1艘使い物にならなくても残りのボートで全員を避難させる余裕は、十分にある。だが、ダメージを受けたのが万一2艘か、それ以上だったら? 情報を得ることができないまま、そんな最悪の事態を考慮した乗員たちは1艘につき重量制限ぎりぎりまで、乗客を乗せるべく行動を開始した。
船が沈んだらボートが巻き込まれてしまうだろう。制限ぎりぎりまで乗客を乗せたボートから、順次、すぐに、船を離れねばならない。それには一刻も早く乗客たちを誘導しなければ―全乗員がこの1つの想いを胸に必死の思いで任務に当たっていた。
「さあ、乗ってください!」
そう急かされても、カイとリサはボートのそばで頑なに動こうとしなかった。レイを置いて乗り込むわけにはいかない。せめて、ここで待たなければ。
ボートに片足をかけ乗り込むよう手を差し伸べて2人を説得していた乗員が、しばらく動かなくなっていた無線が再び雑音混じりの音を立てはじめたのに気付き、耳を傾ける。何度かの応答の間に無線の音はだんだん小さく、雑音が大きくなり、ついにぷつりと途切れた。だが、乗員は安堵の表情で、
「客室内のチェック、すべて完了したそうです。取り残された乗客はいません。今、最後の乗客の方々がこちらに向かっているところです。お連れの方もきっとその中にいるか、そうでなくても別のボートに乗り込んでいるはずですよ」
と告げた。2人の表情が微かに緩むのを見て、だから、さああなた方も、とさらに促すと、2人はようやく、船に乗り込んだ。そうしているうちにボートに辿り着いた最後の乗客たちが、2人の後に続く。
「これで、最後ですね」
自身も乗り込み、エンジンの前に立った乗員が確認するように言い、安堵の笑みを浮かべた。総重量は、制限値まで0.2キロ。本当に、本当に、ぎりぎりだった。制限重量を超えたら安全装置が作動して、誰かが下りるまで救命ボートのエンジンは動かなくなっていたはずだ。
乗員の操作に応えて、ボートのエンジンがゆっくりと唸りを上げはじめた。
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