第40話

◇ PM2:03


 ごつっ…。


 船が、わずかずつ速度を落としていると乗客の何人かが気付いたころ、船底から、鈍い衝撃が伝わった。


「わ!」

「きゃ!?」

 ぐらりと船体が揺れ、メルを抱えて走り出したレイと、レイを探しに行こうと立ち上がったリサ。2人の声が、離れた場所で同時に上がった。


「…何だ?」

 続いて聞える、がりがりという不穏な音に、カイも、ほかの乗客も、不安を隠せず周囲を見回した。その間にも、底のほうから何かが削り取られるかのような音と衝撃の波動が、徐々に伝わってくる。船体がわずかに傾き出し、テーブルの上のコップが滑り落ちてカラカラと乾いた音を立てた。


 一瞬の静けさの後。

 緊急を知らせるアラームが、けたたましく鳴り響いた。


        ***


◇ PM2:09


「船体に穴が開いたようです! すぐに、避難してください!」

 乗員の制服を着た若い男が、走り回りながら大声を張り上げ救命ボートへと乗客を誘導しはじめた。再びぐらりと船体が傾くと、周囲は悲鳴と怒号で溢れ、乗客たちは一斉に乗員の指し示す救命ボートに駆け寄っていった。


 揺れによろめいて転んだリサを助け起こしながら、カイは緊張した面持ちで周囲を見回した。レイが戻ってきている気配は無い。リサに怪我が無いことを確認し、レイを探しに行くから、ここで待っていて―そう言いかけたとき、別の乗員が走り寄ってきて、2人を救命ボートのあるほうへと押しやった。

「船の推進装置がダメージを受けたようです。無線もうまく入らなくて、詳しい状況がわかりません。いつどうなるかわからないから、早く船を離れないと!」

「待って! 連れの子どもが戻ってない。ここに戻ろうとするだろうから離れるわけには…!」

「今、他のスタッフが客室をすべてチェックしている。その子も、きっと避難させてます! だからあなた方も早く!」


 カイとリサは、顔を見合わせた。自分たちを避難させない限り、この乗員もまた、身動きが取れない。しかたないわね、小さくそう呟き、リサは取り出したメモ数枚に走り書きをし、カバンに着けていたピンバッジで、そのうちの1枚をテーブルにかかっていたクロスに留めた。

「ここから、一番近いボートは…?」

 そこが、会える可能性が一番高いだろう。そう思い尋ねたカイの言葉に、

「こちらです!」

 乗員が先に立って早足で誘導を始めた。


        ***


◇ PM2:05


 カイとリサが席を立った、その数分前。


 両手を子犬で塞がれていたレイは、二度目の揺れでバランスを保ち切れずに尻餅をついた。メルが不安そうに一鳴きし、腕から抜け出して脱兎の勢いで走り出す。

「あ! メル!」

 慌てて立ち上がり、子どもは、逃げようとする人々の流れに逆行しながら、逃げる子犬を追いかけはじめた。

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