第39話

◇ PM1:50


 一通り船の中を見て歩いて、そろそろ2人の元に戻ろうと思ったそのとき、レイは甲板から身を乗り出して湖面を眺める、自分より年下と思しき少年を見た。柵の一段目に足を掛けて乗り出すその姿勢はとても不安定で、危なっかしく見える。


「なに、してるの?」

 危ないよ、と近寄って声をかけると、こちらを振り向いた少年はそれには応えず、黙って柵から降りレイに向き合った。レイよりも少しだけ背の低いその少年は、じろじろとその姿に視線を走らせた挙句、

「…いいもの、見たいか?」

 ちょっと考えてから、唐突にそう告げた。

「見たい。なに?」

「よし、特別に見せてやる」

 内緒で持ってきたんだ、絶対、誰にも言うなよ? そう言いながら、彼は背負ったリュックを下ろし、中から一体のロボットを取り出した。

「あ! これ!!?」

 見覚えのあるその姿に、レイが思わず声を上げる。ロボットは、他でもない、あのデュアルシリーズのレア度No.1アイテムのモデルとなっている、シリーズ1の強さを誇るとされる、あのキャラを模したものだった。

「すごい! かっこいいね」

「だろ? 俺が組み立てたんだ、いろんな大きさの部品を選んで集めて」

 すっかり感心した表情のレイに気を良くして、少年は自作ロボットにまつわる様々なことを語り始めた。家が金属加工業をやっているというその少年は、市販のプラスチック製では物足りず、工場内のスクラップからも使えそうな部品を選んでこつこつと組み立てたこと。

「部品の加工もやったんだぜ。まあ、親父が見てるとこでしかできないけど」

 部品同士の接合も溶解させてやったりねじ穴を切ったり、とにかく、どこでも買えないすごいものなんだ、と、懸命に説明する彼に、レイは1つ1 つ頷きながら熱心に聴いていた。

「ねえ、持ってみてもいい?」

 説明が途切れたところで、ロボットの前にしゃがみ込んで見つめていたレイが少年を見上げるようにして尋ねた。

「いいけど、重たいぞ。気をつけろ」

 承諾を得て、立ち上がってそろりとロボットを抱えようとしたレイに、少年はハラハラした様子で声をかけた。高さ30センチを超えるロボットは、すべてが金属製ではないとはいえ、かなりな重量だ。この細い腕で持てるか?

 だがそんな内心の危惧は、

「あれ、重たいけど、それほどでもないね」

 と言うレイの声に打ち消された。

「それほどでもない?」

 返されたロボットを受け取りリュックに戻しながら、ちょっとムッとして言う。

「うん。メルのほうが、重い」

 と、傍らでちょこんと座って様子を見守る子犬のほうに視線を向けた。

「こんなちび犬がかよ?」


「ちびじゃないよ。随分大きくなったし」

 今度はレイが不興げな声を出す番だったが、それを意に介せず、少年は

「どれ?」

 そう言いながら、ひょいと子犬を持ち上げた。

「…まあ、確かに、こいつの方が少しだけ重たいかもな。少しだけな」

 そんなに振り回しちゃダメ、と慌てて伸ばされたレイの手をかわしながら、少年は不承不承に認めてみせた。


「あ!?」

 掲げた手から不意に犬が消え、少年が驚いたような声を上げる。

「こら! マキ! 意地悪しちゃだめでしょ!?」

 背後から声が降りかかり、すらりと背の高い女性が、抱きとった犬をそっとレイに返しながら少年を睨みつけていた。

「べ、別に意地悪なんか…」

「うちのバカ甥っ子が、ごめんなさいね」

 口の中でもごもご言うのを無視して頭を下げる姿に、レイは慌ててふるふると首を横に振った。

「ほら、おばさんの誤解だよ。いじめてなんてないって…」

「おばさんて呼ぶなっての!」

 みなまで言わせず、拳固が少年の頭に炸裂した。

「…いって!!」

 抗議しようと口を開きかけるが、睨まれて竦んだように小さな声で、

「ミトさん」

 と言い直した。よろしい、そう言うと女性は2人を交互に見て、

「何してたの? お友だち?」

 と聞いた。

「今ここで会ったの。それで、メルとロボット、どっちが重いかって」

「ロボット?」

「え、あ、前に作ってたやつ。その話をしてて、で、その犬より重いとかって、そんな話になって…」

 言いながら、マキ少年はレイに目配せを送った。そうか、これが内緒なんだ、そう思い至ったレイは、

「メルが、犬がロボットより重いか確かめるって、で、抱っこさせてあげたの」

 と、話を合わせて女性に語りかけた。

「意地悪されたんじゃないのね? …ならいいけど」

 再び首を横に振ったレイを確認し、女性―ミトさん―はようやく表情を緩めた。


「俺のロボットはすごいんだって、話をしてただけだよ。いつもミトさんが付けてる腕環より、十倍も重いし」

「うでわ?」

「ちょっと! そんなスクラップと私のバングルを、いっしょくたにしないで! ていうか、なに余計なこと言ってるの!」

 再び降り上げられた手を今度は巧みに避け、ほら、と、少年はおばの袖口を素早く捲り上げる。

「あ!」

 金色に輝く大ぶりのアクセサリーが露わになり、レイは目を丸くした。

「すっげえ重いんだぜ。いつもこうやって、財産身に着けてるんだ。いざというときのためって」

「だ・か・ら! 余計なこと言わない!」

 怒号におろおろするレイとは逆に、少年はおばに向かってへらりと笑って見せた。

「平気だって。こいつは秘密を守るよ。だって俺のロ…」

 そこまで言ってハッと口をつぐんだマキを、ミトは怪訝そうな顔で見た。

「おれのろ?」

「ろ、ロケット!? これから作るの!」

 突然叫んだレイの意味不明の言葉に、マキが咄嗟に反応する。

「そ、そう! 設計図を書いているとこで。完成するまで、内緒だよって」

「……まあ、いいわ。それよりそろそろ戻りなさい。お茶にするんだから」

「おう! またな!」

 最後の言葉はレイに向け、素早くリュックを背負うと少年はさっさと先を歩くおばの後を追って走り出した。

 それを見送ったレイもまた、カイとリサが船の中でおやつを食べようと言ったのを思い出し、慌てて元来た場所に引き返そうと子犬を抱えたまま走り出した。

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