第36話 8月25日 晴れ ときどき 曇り
◇ AM9:00
「いい天気!」
玄関を出て開口一番、レイは空を見上げて言った。
「よかったね。きっと、日頃の行いがいいからね。レイちゃんと、リサちゃんの」
姉のちょっと棘のある言葉はこの際無視して、カイはレイの手をとった。いくぞ、そう告げて歩き出す。
「気をつけるのよ」
背後からの呼びかけに、カイに取られた腕はそのままに振り返り、レイは、行ってきます、と、反対の手を小さく振った。
***
◇ AM10:00
湖の最寄り駅からすぐの待ち合せ場所に、リサはすでに到着していた。離れた場所から見る彼女は、いつもとは違う、ちょっとカジュアルなファッション。斜め掛けのカバンに付けられたたくさんのピンバッジが、華やかさと可愛らしさを添えていた。
知らない人みたい―一瞬戸惑ったレイは、次の瞬間、こちらに気が付いていつもの笑顔を浮かべたリサにほっと安堵のため息を漏らしてぱたぱたと駆け寄った。
「おはよう! よく眠れた?」
駆け寄ってくる子どもに笑みを深くしながら聞くリサの言葉に嬉しげに頷き、
「いい天気」
と、空を指差して言う。
「そうね、よかったわね。いい1日になりそうね」
そう言いながらカバンのピンバッジを示した。
「ね、これ、どれか1つもらってくれないかな?」
「もらって、いいの?」
「もちろん! 好きな色は、何色?」
「あ、ありがとう! あの、あのね、黄色が好き」
紅潮した頬とキラキラの瞳の子どもに、黄色ね、そう言いながら頷き、カバンから黄色のピンバッジを外してレイのカバンに取り付けた。
「私は、青色が好き」
リサの言葉に、子どもはちょっと言葉に詰まったように黙り込み、それから
「青も、好きだけど。でも、ちょっと怖い。深い深い夢みたいで」
今一つ意味がわからないまま、小首を傾げて、ふぅん、と相槌を打ち、リサはレイの手を取りカイの元へ歩み寄った。足元を跳ねていたメルが、嬉しげに短く吼えた。
***
湖までは、両側を背の高い木々に囲まれた遊歩道を抜けて、20分ほどの道のりになっている。3人は子どもを真中に手をつなぎ、足元に1匹を従えて歩いて行った。
わずかながら傾斜した上り坂を登っていくと、じんわり汗が浮かんできた。蝉たちが夏の終わりが近いと知らせるかのように、けたたましく鳴き交わしている。
「もう少しよ」
歩くのに懸命で無言になっているレイに、リサが励ますように声をかけた。
「疲れてないか?」
水分取れ、と、水筒を差し出しながら、カイが聞くと、
「だいじょうぶ。全然、平気」
軽く弾む呼吸とともに、応えが返ってきた。
不意に視界が開け、すぐ眼下に、白く反射する鏡のような湖が見えた。水面はどこまでも広がり、ずっと奥の方にあるはずの対岸は、霧が出ているのか茫洋として見えない。池みたいなものとカイに聞かされていたレイにとり、その大量の水はまったくの驚きであった。
「すごい水だよ? 海じゃないの?」
目を丸くして問うと、
「ね。広いわね。向う岸まで20キロ以上あるし。だけど、海じゃなくて湖なのね」
レイの驚きに同調しつつ、リサが答える。
「さあ、まずはここで昼飯だ。その後で、あの船に乗って向こう岸まで行くぞ」
カイの指差す方向を目で追い、その先にデコラティブな遊覧船が浮かぶのを見て、子どもの目は湖に負けないほどにキラキラと輝いた。
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