第33話

◇ PM6:00


 こんな雨、予想外だ ―。

 バイトからの帰り道、突然降り出した雨は、どんどん勢いを増していった。格段に精度を増した天気予報も、ときには外れることもある。だが、精度を増すほどに人々の信頼は高まり、こんな風にたまの外れのダメージが大きかったりする。カイの顔や手首足首からは、先ほどから雨の湿り気と冷たさがじわじわと入り込んできていた。


 雨の侵略を振り払うかのように水を跳ね散らしながら家までの道をひた走り、あともう一息、家の灯りが見える位置まで来たところで、玄関脇に小さな人影を認めた。辺りは薄暗くはっきりとは見えないが、あれは恐らくレイだろう。


「どうした!?」

 走り寄って声を掛けると、それはやはりレイで、びくりと体を震わせ顔を上げた。やはり傘を持たなかったのか、軒下にいるものの濡れねずみに限りなく近い状態だ。なぜ家に入らない? 当惑顔で見返す子どもにそう声を掛けようとしたとき、その腕の中で何かがもそりと動いた。

「え?」

 と、思う間もなく、それはぴょこんと顔を上げ、嬉しげにカイを見上げて、ぐいと身を乗り出してきた。尾が勢いよく揺れている。


「ど、どうしたんだ、この犬?」

 抱えた子犬が不意に勢いよく動いたことでバランスを崩した子どもを支えながら、カイは目を丸くして言った。

 気まずげに彼を見上げ、それから少しだけ視線を下に落として、

「飼えないかな…?」

 レイがかろうじて聞き取れるほどの小声で言った。


「拾ったのか?」

 そう聞いたものの、いや、今はそんな問答している場合じゃないと思い直し、一層激しくなった雨からレイ(と犬)を庇うようにして、玄関の扉を開けて中に促した。


「おかえり。え、あら!? どうしたの?」

 居間にいたミナが、びしょ濡れの2人(と、1匹)の姿を認め、驚いたように声を上げた。

「それより、まずはタオルタオル!」

 弟に促されて慌てて立ち上がったミナは、バタバタとバスルームまで走った。ほどなくして大判のバスタオルを手に現れると、1枚は弟に手渡し、もう1枚は子どもにすっぽりと被せた。


        ***


◇ PM6:40


「かわいいね。どこで見つけたのかな?」

 熱いシャワーを浴び、髪もすっかり乾かしてようやく人心地ついた後、姉弟は居間のソファにレイを挟むようにして腰を下ろした。ここに初めて来たときのような固い表情で犬を抱きしめたままのレイに、ミナがゆっくりと聞く。


「飼えないかな?」

 ミナの問いには答えず、レイは再度、小さな声で犬の行く末について問うた。

「よそのうちで飼われていたのかも?」

 そんなカイの言葉には、子どもは意外なほど確信を持った顔で首を横に振った。

「なぜわかるの?」

「箱に、『拾って』って…」

 ミナの問いに、犬が極めて古式ゆかしき捨て犬状態であったことを告げる。


「とりあえず、母さんにも相談しなくちゃね…。でも、だいじょうぶよ、たとえうちで飼えなくても、必ず飼い主を探すから、ね。とりあえず、ご飯にしましょう」

「…探せる?」

 明るいミナの言葉にも、なおも不安げな声で問うレイに、カイが元気付けるように背中を押した。

「だいじょうぶ、任せとけ! 学校でも聞いてみるから。学校なら、生徒と先生合わせて、1000人以上いるし。1人くらい、飼いたいっていう人もいるだろ」

 そいつに何か食べさせないと、そう言いながら、子どもに付いて来るよう促した。


        ***


 うちで飼えないこともないけれど、全員留守がちだし、毎日散歩させてやれるかも微妙よね。もっと良い環境で飼える人を探してみましょう。それまではうちに置いておくということで。

 母の下した判断により、犬は今しばらくの間マキシマ家に留まることになった。

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