第29話 8月19日 曇り
◇ PM2:00
「よお、久しぶりだな」
いつもは大体1日おきに来ていた子どもが、月曜日以来、姿を見せなかった。ただそれだけのことなのに心の奥で妙に気になっていたのか、レイの顔を見るなりシンは思わずそう声をかけた。
ちょっと考えて、一昨日来なかったことかと思い当たり、レイは、
「いろいろ、忙しかったから」
と、頷きながら応えた。
「え」
夏休み中のガキがいろいろ忙しい、だって? 真面目くさった言い方に思わず噴き出しそうになったシンは、すんでのところでそれを抑えた。そういえば以前、不用意に笑って不機嫌にしてしまったことがあった、そんなことを思い出しながら。
「え?」
絶句したシンを不思議そうに見るレイに、
「いや、何でもない。…じゃあ今日は、いつもより多くできるな?」
シンは慌てて言い繕い、例のガチャポンの器械を指差した。
うん、そう嬉しそうに頷くが、それからちょっと真剣な顔になり、レイは唐突に、
「あのね、犬、飼わない?」
と、シンに尋ねた。
「犬?」
聞き返すシンに頷き返し、飼い主探している犬がいるんだ、と説明を加えた。
「そうか…。悪いが、無理だな。うちのアパート、ペットは禁止だから」
「犬、きらい?」
「いや、嫌いじゃない。むしろ動物は好きなほうだ。でも規則があるから、な」
「…そっか」
会話はそこで途切れ、子どもは、例の器械の前に歩いていった。早速、4日ぶりの器械の前に陣取ると、いつもの作業を開始する。
ピッ、ガシャン、コトン。
ピッ、ガチャン、コロン。
ピッ、ガシャン、コツン…
見るともなく見ていた子どもの動きが、そこで不意に止まった。
どうした、とシンが声をかける間も無く、レイはがばっと立ち上がり、
「あ、あ、やった!」
と叫ぶ。
珍しい、叫び声。
「お、出たか? コンプリート?」
立ち上がった子どもは紅潮した頬でカプセルを包み込むように持ち、眼をきらきらさせながら声の主に向かって頭をこくこくと縦に振って見せた。そして次の瞬間、
「じゃあ、さよなら!」
そのままぱたぱたと走り去っていった。
まったく現金なもんだ。なぜか面白くない気分になりながら、今まで子どもがいた器械のほうに視線を向ける。と。
そこには、小さなカバンが、いくつかのカプセルを覗かせながら置き去りにされていた。器機にはまだマネーカードが刺さったままだ。
「そそっかしいやつめ」
まだ近くにいるはずだ。カバンを掴んで建物を飛び出した。どっちだ、と、見回すと、はるか遠くに小さな人影がぱたぱたと通りに向かって走っていくのが見えた。
あっちか―。
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