第27話 8月16日 雨 のち 晴れ

◇ PM2:00


「ねえ、カイ。相談があるんだけど」

 図書館で落ち合うや否や、リサはカイに向かって切り出した。

「なに?」

「勉強会は、今日で終わりにしましょう」

「え?」


 突然の終止符宣言に、カイは驚いた。何か、気に障ることでもしてしまったのだろうか? ―いろいろと考えるが、思い当たることが無い。

 眉間にしわを寄せて考えこむ彼に、リサはくすりと笑って見せた。

「別に、あなたがどうこうと言うんじゃないわ。他にやりたいことがあるの」

「やりたいこと?」

 ほぼ終わっているとはいえ、夏休みの課題よりも重要なこととは何なのか。訝しげな顔の彼に、リサは自分の考えを語ってみせた。


        ***


◇ PM5:00


「なあ、レイ。相談があるんだけど」

 帰宅するや否や、カイは玄関まで走ってきて自分を出迎えたレイに切り出した。

「なに?」

「来週の木曜日、3人で湖に遊びに行かないかって、リサが言ってるんだけど。一緒に行ってくれるか?」

「みず・うみ? 海に行くの?」

「海じゃなくて、山の中にある大きな自然のプールだよ」


 瞳を見開き頬を紅潮させながら尋ねてくる子どもの、密やかな、だが喜びに溢れた興奮を感じながら、カイは微笑んで説明した。基本的な言葉を知らないのは、もう、すっかり慣れっこだ。レイにもわかりそうな言葉を選んで説明すると、レイはことんと首を傾げた。


「プール? 山に、プールがあるの?」

「プールと言うか、まあ、大きな水たまり? 池? どう言えばいいかな」

 笑いながらそう言い、よし、来いよ、調べてみようぜ、と持ちかけ自室につながる階段を上がると、レイが一生懸命後を追ってきた。


「ほら、これだ」

 3D図鑑で湖の項を検索し、投影すると、子どもの目はさらに輝いた。

 上空からのその動画は、木々の深い緑に縁取られ、透明感のある水が日の光を反射してさざ波をきらめかせている様子を捕えていた。

「わあ!」

 眩しそうに目を細め、小さな歓声を上げるレイを横目で見ながら、カイはページを送ってみせた。次に現れたのは、水面みなもを滑る1隻の遊覧船。

「これ、何?」

「船だ。湖の向う岸まで、往復している。

 列車で最寄り駅まで行って、そこから歩いて湖まで行って、船に乗る。その前に、お弁当を食べて、船で向こう岸に着いたら少しハイキングして、また帰ってくる」

 駅から湖岸へ、さらに湖の上を通って、対岸へ―ルートを示しつつ動く指を首ごと動かすようにして眼で追いながらレイはぼうっとした顔で説明に聞き入っていたが、

「おべんとう」

 耳に残った単語を、無意識に繰り返した。

「ああ、お弁当。リサが、美味しいランチを作ってくれるってさ。俺は飲み物を担当する。キャンプ用の湯沸かし器とクーラーバッグ持っていくから、熱いお茶と冷たいジュース、両方飲めるぞ」

 本格的だろ、そう言って笑うと、

「レイは?」

 子どもが真剣な顔で聞き返してきた。

「ん?」

「何担当?」

「…ああ。お前はいいよ。俺たちが誘ったんだから、さ」

 言わんとしていることは悟ったものの、カイには、レイに何かを担当させる考えは元よりなく、また、何をさせるかも思いつけなかった。やんわりとそう告げると、子どもはちょっと困った顔をして、うん、と小さく呟いた。


「その代わり、自分の分の荷物は、ちゃんと持ってもらうからな。結構、運ぶの大変だから、頼りにしてるぜ!」

 そう言って背中を軽く叩くと、少しだけ明るい顔になって、うん、と応えた。

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