第20話 8月12日 曇り

◇ PM3:00


 ピッ、ガチャン、カラン。


 ガチャポンの器機からカプセルが吐き出される音を、聞くともなく聞いている。そうしながら、シンは折り曲げた左腕に頭を乗せ、半ば寝そべるようにして天井を見上げていた。マリナハウスの一角にあるゲーム機コーナーにいるのは、自分と、ガチャポンの前にしゃがみ込んでいる10歳くらいの子どもだけ。ティーハウスのほうは賑わっているようだが、ここにはその喧騒も届かない。


 1週間ほど前に現れた子どもは、以来、ほぼ1日おきに現れてはガチャポンを数回やっていく。いつも同じデュエルシリーズだ。

『よく飽きないもんだよな。何がいいんだか。ガキって、わからねぇ』

 以前には、ミドルスクールの少年たちがしょっちゅうたむろしていたが、夏休みに入ってから彼らの姿はぱったり見なくなった。きっと他のことで忙しいんだろうが、その気紛れさも、

『ほんと、わからねぇ』

 彼にとっては謎であった。


 しばらく間をおいて、器械が今日2度目の音を立てる。

 ピッ、ガチャン、カツン。

 同時に、小さな快哉かいさいの声が上がった。

 レアアイテムでもゲットしたのか? ―珍しい、というか、初めて聞いた子どもの嬉しげな声にそんなことを考えながらカウンターから身を起こすと、カプセルを握りしめ頬を上気させた子どもと目が合った。


「どうした、レアアイテムでも出たか?」

 そう尋ねると、キラキラ光る瞳で、

「ん、2番目だけど」

 と言った。

「そりゃよかったな。飲むか?」

 カップを示すと、器械を振り向いて少し迷うそぶりを見せてから小さく頷き、カウンターの椅子によじ登った。


 渡されたカップを、ありがとう、と言って受け取りながら、子どもは、カウンターに大事に置いたカプセルを見た。シンもそれに視線を送る。

「これ、2番目にレアなやつ。あと1番レアなのが残ってる」

「そうか。じゃあ、あと1つで、ようやくお前のコレクションも完成だな」

 そう言うと、即座に小さな頭が横に振られた。

「違う、カイのコレクション」

「カイ?」

「? うん。カイが集めてるから」

 ごく当り前のことのように子どもが告げると、こんなにご執心だったのが、他人のためだったのかと、シンは眉間にしわを寄せた。子ども好きなわけではないが、弱い者を食い物にしようとしている奴がいるなら、看過できない。

「誰だ、カイって。お前に、レアアイテムゲットしろって言ったのか?」

「言ってない、何も言ってない。ただプレゼントしたいから…」

 静かながらどこか怒気を含んだ声音を敏感に感じ取り、いつもとは違う彼の様子に驚いたように目を瞠ってから、レイは説明を始めた。カイは自分の兄、のようなものであること、いつも遊んでくれて、絵本をプレゼントしてくれたこと、だから喜んでもらえるお返しがしたいと、ずっと思っていること。そうして、ひと通り話し終えてから、不安げにシンの顔を見上げた。


「…ふーん。それなら、まあいいんだが」

 よっぽどその兄貴分が好きなんだなあ、そう思いながら納得したことを伝えると、子どもは安心したように表情を緩めた。

「他の家族には? 何かプレゼントしないのか?」

「え?」

 思いもよらなかったのか、子どもは再び目を丸くし、しばらく間をおいてから、

「そうだね。プレゼントするのがいいよね。カイも、ばいとりょーで、お母さんとおねえちゃんにもプレゼントあげたし」

 と、呟いた。

「ばいとりょー? あ、バイト料か。そうだな、特別な理由無しに家族にプレゼントするなら、全員に何かあげたほうがいいんじゃないか?」


        ***


◇ PM3:50


 30分後。レイは家路を急いでいた。カバンには、レアアイテムのカプセル、手には、小さな花束2つを持って。


 女の人なら花束なんかいいかもな。小さいのなら、ガチャポン1回の値段で買えるのもあるし。子どもの懐具合を鑑みながらそう提案したシンの言葉を受けて、ティーハウスの入口の小さな花屋で買ったミニブーケは、1つが淡い紫、もう1つがピンクを基調としている。色とりどりなブーケの前で優に10分以上迷ったが、店の女性はにこにこと辛抱強く待ってくれた。

「チアフルできれい」

「チアフル?」

「あ、違った。カラフル」

 ああ、と納得した顔で深く頷いた。

「プレゼントなのね? じゃあね、その人を頭に思い浮かべて、それからお花を見てみて。パッと目に入ったのが、きっとその人に似合うお花よ」

 長い時間をかけてようやく子どもが選び出した2つのブーケにサービスのリボンをかけながら、女性はさらに話しかけた。

「あげるときにね、これはあなたを思い浮かべて選びました、って言うのよ。自分のことを考えながら選んでもらったプレゼントは、とっても嬉しいものよ」


 そうかな。喜んでくれるかな。期待と不安の入り混じった気持で、帰り道は、自然足が速くなった。

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