第8話
◇ PM2:00
「しっかり摑まってな」
そう言うと、レイは、ぎゅっと胴にしがみついてきた。その左右の手は、そうしてくっついてようやくカイの体の前方でかろうじて触れ合っている状態だ。
『暑い!』
そう思いながら、カイは同時に不思議な心地よさも感じていた。
走り出した途端、正面から吹き付ける風に負けじと、レイが大声で叫んだ。
「あのね?」
「あぁ?」
カイもまた、大声になって問い返す。
「としょかんって、何?」
「はあ? 知らないで付いてきたのか?」
本が好きだから嬉しくて自主的に外出した、そんな自分が思い描いたとおりの展開になったと密かに悦に入っていたカイは、ちょっと気が抜けた声を出した。
「…うん」
そんな気配を感じ取ったか、何となく申し訳なさげに、レイが答える。
「ま、着けばわかるから」
気にするな、とばかりに、明るく大声で答えると、背後で大きなヘルメットが縦に揺れるのが感じられた。
***
20分ほどで到着した図書館は、いたくお気に召したようだ。着いた当初こそ重厚な建物と玄関の物々しさに気後れし、カイのシャツの裾をしっかり握りしめて、恐る恐るといった体で館内に入ったレイだったが、すぐにずらりと並ぶ書架と蔵書に目を奪われ、夢中になっていた。
ほとんどの本が電子化されて後もまだ紙の本の需要は大きく、貴重な蔵書に触れることを趣味としている人も多数いる。こうした図書館はそんな要望に応える場としての役割も期待されていた。
「はぁ~!」
「はぁ~!」
歩き進むたびに、右を見、左を見てはまた右を見て、何度も溜息を漏らす。絶対に静かにすること! と、入る前に厳粛な声音で念押ししたのが効いたのか、何とか声を抑えながら、それでもどうしても感嘆を漏らさずにいられないレイを従えながら、カイは湧き上がるおかしさをこらえるのがやっとだった。
『うーん、やっぱり大正解!? こんなにウケた外出は、これが初めてだろうな』
そんなことを考えさらに悦に入りつつ、まっすぐに読書コーナーに入った。
読書コーナーに席を取ると、課題の調べ物に必要な蔵書を探しに書架へ行く。もちろんレイもあの独特な歩き方でついてきたが、カイには自分が読む本が子どもにとって(自分にとってさえそうなのだから)面白いものであるとは思えなかった。
「図書館の中、好きなところ見てきていいぞ。俺はさっきの席のところにいるから。あと、借りたい本があったら持って来いよ。1、2冊なら借りてやれるからな」
ただし、図書館からは絶対に出ないこと、知らない人には何を言われても、絶対、絶対! ついて行かないこと、そう念を押すと、子どもは神妙な顔でうなずいた。
「借りてって、いいの? 何でも?」
「ああ、図書館は本を貸してくれる場所だからな。中には、持ち出せないものもあるけど、まあ、お前が興味ありそうなものはまずだいじょうぶだろう」
そう伝えると、レイは目をぱっと輝かせた。身元不明じゃあ貸出カードは作れないからな、そう思いながら、カイは自分の資料探しに戻ろうとした。だが、喜んで飛び出していくかと思った子どもは、なぜか立ち去ろうとしない。本を探しながら、まだ足元にいるレイに
「どうした?」
と声をかけると、
「帰らないでね?」
不安げな、
「ばか、お前を置いて帰るわけないだろ?」
そういって笑いながら頭を小突くと、ようやく安心したように笑い、
「あっち、見てくる!」
そう言って、ぱたんぱたんとカイのお下がりのスニーカーを鳴らし走り去った。
「ったく、何考えてるんだか」
あきれたように呟いたつもりが、その声には確かに嬉しさが滲んでいた。自分でも思わず照れてしまうほどに。
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