第7話 7月9日 またしても、晴れ

 一度要領を掴んでしまえば、慣れるのは容易たやすい。こんな些細なやり取りをきっかけに、カイは気軽にレイを構うようになった。レイも、そんなカイに少しずつ懐いてくる。時折、突然遠慮するように身を引いてしまうこともあるが、そうして身を引いてはまたおずおずと懐いてくる子どもがどんどん可愛くなって、カイはあれこれ世話を焼いた。

 ねだられるようなことは無いのだが、おやつを分け与えるのも常になった。そんなときに浮かべる嬉しそうな表情を見るのが楽しくて、自然に、そうしてしまうのだ。

『自分の下に弟妹はいないけど、いればきっとこんな感じだろうな』

 姉と弟、母と息子―家族の中では常に守られる側であった彼にはこれは新鮮な体験だった。


 だが、レイはおとなしい子どもで、大抵は独り静かに本を読んだり、ミナが与えたスケッチブックに何かを描いたりしている。放っておけばそうして何時間でも独り遊びをしているので手が掛からないが、あまりに静かなので心配になることもしばしばだった。もっと外で元気に遊んだほうがいいんじゃないか? 大人の常識なんてくだらない、常日頃そう考えているカイまでもが、そんな常識的なことを考えてしまうほどに。もちろん、そう思うのは姉や母も同様なようで、買物に付き合ってだの手伝いを頼みたいだのと理由をつけてはレイを外に連れ出そうとしていた。

 そうして求められれば、それに応えようと、レイは嫌がることなく行動する。だがそれは、そうしたいからと言うよりは、むしろ、そうすることで世話になっている人を喜ばせるのが嬉しいという動機からのように、カイには思われた。


『俺は、どうしたもんかな―』

 できるなら、レイ自身が楽しさを覚え、自発的に外に出たいと思うような、そんなきっかけを与えたい。あれこれ考えた末、カイは、レイを図書館に誘うことにした。

 レイは折々、あのガラクタ置き場のような部屋に積まれた、すっかり変色した古い紙の本をあれこれ引っ張り出しては、長い間ページをめくっていた。本は好きらしいから、誘いに乗って来やすいだろうか? そんなことを考えながら、できるだけさりげなく、本に夢中な子どもに、声をかけた。

「なあ、図書館に行くけど一緒に来る?」

 ぱっと顔を上げ、

「一緒に来る!」

 言うや否や、レイは居間の床に並べて読んでいた本をすぐに本の山に戻し、ぱたんぱたんと音を立てながら、どこか不器用な足取りで駆け寄ってきた。

「そうか、一緒に行くか」

 さりげなくおかしな言葉遣いを直してやりながら、すぐそばに来て自分を見上げてくる子どもの頭をぽんぽんと軽く叩いてやった。

「ちょっと遠いからな、バイクで行かなきゃなんだけど」

 そこで一旦言葉を切ったのは、図らずも自分が事故に巻き込んでしまったことで、レイが乗り物の類を怖がったりしていないかが気になったからだ。だが、当の子どもは玄関脇の棚から取り出され手渡されたヘルメットを物珍しげに眺め、にっこりしただけだった。

 その様子に少し安堵し、カイは車庫に回ってエアバイクを引っ張り出した。とりあえず、上手く連れ出せそうだな、そう考えていると、背後からくぐもった声が響いてきた。


「ねえ、暗いよ。何も見えない」

 振り返ると、大きすぎるヘルメットに目の下まですっぽりと覆われたレイが、頭の重さにふらつきながら立っていた。小さな体、細っこい手足のせいで、頭がことさら大きく見える。大昔のSF小説にあった宇宙人みたいで、思わず笑いがこぼれた。

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