5-02
実際のところ、戦況は――レナリア達の方に、完全に勢いがあった。
奇襲が成功した事も大きいが、やはり《水神の女教皇》と《剛地不動将》という、人類最高峰の戦力の存在だ。二人が能力を揮うごとに、魔物は抵抗もできず倒れていく。
レナリアが足を引っ張るまいと焦るのも当然、だが比べる相手が大きすぎるのも事実。
特に今、この《終わりの地》の戦場において、最強は間違いなく《剛地不動将》だ。
「フウゥゥゥ……ゼエエエエイ!(ふう……えーーーいっ!)」
大斧を一振りするだけで十体近くの敵を屠り、攻撃を受けようと不動。そもそもこの重装で、四足で駆ける魔獣さえ凌ぐスピードを誇る。
なればこそエクリシアは、仲間達の優位を、確固たるものにすべく。
(もう一度、地割れを起こして、一気に……い、いきますっ……!)
エクリシアは、大斧を振り上げた――が、その時。
『――スウゥゥゥゥ――』
「!」
『―――ゴオォォォォォォ!!』
一匹の巨大な〝魔竜〟が息を吸い――エクリシアへ向けて、爆炎を放つと。
「クッ……アッ? ……エッ……?」
爆炎を、エクリシアは大斧で――熱に弱いダイヤモンドの大斧で、受け止めてしまい。
――《剛地金剛斧》は、炭化し、崩れ果ててしまった――
「………ア、ウ」
漆黒の籠手に覆われた手の中で、漆黒の炭を見つめ、絶句するエクリシア。
そんな彼女に、〝魔竜〟は更に大炎を放とうと、深呼吸する――その間に。
「ナ……ク……斧……(ナクトさんが……くれた、斧……)」
(色々な意味で)不明瞭な呟きを漏らしたエクリシアが、手中の炭を握りしめた。
「……返セ……(……返してよ……)」
『スウゥゥゥ……ウッ?』
刹那、エクリシアは消えていて――その姿は、〝魔竜〟の腹部にあり。
「――バカァァァァァァ!!(――ばかぁぁぁぁぁぁ!!)」
エクリシアの籠手に覆われた拳が、〝魔竜〟の腹を叩いたが、音はしなかった――……確かに、叩いたのに、音がしなかったのだ。
ただ、小数点以下の秒の後―――ドンッ、と音と衝撃波が、後から響いて。
『グッ!? ―――グボオォォォォォォ…………ン』
〝魔竜〟の巨人以上はありそうな巨体が、一瞬にして、遥か彼方へ消えてしまった。
「……フシュウウウウ……」
『! ……グ、グオウ……』
パンチ一発、巨大な竜をも吹っ飛ばした《剛地不動将》に、《魔軍》の魔物達は、明らかに狼狽していた。
中には逃げ出す魔物もいるが、エクリシアの怒りは、まだまだ収まらず。
「オノ、レ……許サヌ……!(ナクトさんからの、初めてのプレゼントだったのにっ……絶対に、許しませんっ……!)」
武器を失おうと関係なく、その恐るべき拳を、更に振りかざすと。
『ギッ。……ギ、ギエエェーッ!?』
恐れをなした魔物が、逃げ惑う――その時、《剛地不動将》を、凶刃が襲った。
『隙だらけだ――馬鹿め』
「……――!? クッ――アウッ!?」
咄嗟に両腕を交差して、エクリシアは閃く刃から身を守った。が、その身は衝撃によって、地を踏みしめたまま後方へ弾き飛ばされてしまう。
それを放った主は、七つの眼を持つ異形の巨躯。その眼に睨まれれば根源的恐怖を呼び起こされ、七つ全てに睨まれれば、それだけで命を落とすほど。
携えし漆黒の大剣は、天も地も斬り裂く暗黒剣。
魔物の中でも最高位の存在、《魔軍》を率いる最高幹部――魔物達の、神――
《魔軍総司令》――《
『ほう……我が暗黒剣を受けて生きていた者は、魔物にもいなかったぞ。愚かな人間とはいえ、さすが噂に名高い《剛地不動将》といったところか。ククッ……肩透かしだった《光冠の姫騎士》とは、大違いだな』
「! ……《姫騎士》?(レナリアさんを……知っているの?)」
『何だ、人間共には、伝わっておらぬのか。ククッ……それも当然か。人間共の希望として祭り上げられている、《姫騎士》のみっともない敗北を知れば、人間共は絶望してしまうかもしれぬからな! フハハハハハ!』
「……不知(……あなたにレナリアさんの、何が分かるっていうの)」
『そうよ、貴様らは何も知らず希望に縋る、哀れな愚か者よ! ハーッハッハッハ!』
(ダメだ……やっぱりわたしじゃ、話通じない……)
仲間でもない相手に、エクリシアの本心(というかもう副音声)は伝わらないのだ。
その時、エクリシアの危機を察知し、レナリアがリーンと共に駆けつける――が。
「え、エクリシアさん、大丈夫ですか!? ……え、その魔物、は……――っ!?」
レナリアが《魔神》の姿を認めた瞬間、びくり、身を竦ませてしまう。
対して、《魔神》は七つの眼の内、一つを向けてレナリアを見つけると――突如、禍々しく大口を開き、呵々大笑し始めた。
『クッ、ハハハッ――噂をすれば、何とやらだ! 貴様如きが、なぜ此処へ来た? 一年前、この《終わりの地》の入り口で、我と出くわし……尻尾を巻いて逃げた、貴様が! あの時は手応えが無さ過ぎて、《姫騎士》と気付かず追わぬまま逃がしてしまったが――いや、逃げ足だけは速かったかな、クハハ! だが……今度は、そうはゆかぬぞ!?』
「っ! ……あ、う、ぅ……」
『ククッ。なるほど貴様ら、大方この小娘に担がれて、唆されて戦いを挑んできたのだな。愚か、どこまでも愚か! ならば今、その目で見よ――希望を偽る《姫騎士》が、目の前で無惨に砕け散るのを――!』
「ぁ……い、いや、ぁ……――ッ!」
いまだ恐怖に囚われ動けないレナリアへと、《魔神》は振り上げた漆黒の大剣を、容赦の欠片もなく振り下ろす――
「レナリアちゃん、危ないっ――《
――が、直撃の寸前に遮ったのは、〝水〟で創られし堅牢なる盾。
レナリアを救ったリーンに、《魔神》は七つの眼の内、三つで憎々しげに睨んだ。
『ヌウッ……貴様、《水神の女教皇》か。フン、《不死王》の奴め、刺し違える事も出来なんだとはな。それにしても……先の話、聞いていなかったか? 貴様ら愚かなる人間共が盲信している希望は、所詮〝偽り〟に過ぎぬのだと――』
「――あら? 知ったような事を仰っている割に、彼女の事、な~んにも知りませんのね? うふふ……愚かなのは、一体どちらなのでしょう?」
『………なんだと、貴様』
リーンにしては珍しい、明確な敵意を含んだ挑発に、煽られた《魔神》は七つの眼を向けようとした――その隙に、エクリシアがガントレットに覆われた拳を振るった。
『グッ!? 我が剣を受けながら、まだそれだけ動けるか……《剛地不動将》!』
「偽リ、否……真実ノ、希望……!(偽りなんかじゃない……レナリアさんは、〝真実の希望〟ですっ……!)」
『何!? 己こそが真実の希望だと、そう言いたいのか……クッ、思い上がりめが!』
(……もういいや、別に伝わらなくても……)
そもそも仲間以外に、理解してほしくもないし。
とにかく、再び《魔神》と交戦を始めたエクリシアと、サポートするリーン。
けれど相手は、《魔軍》における最大の敵である《魔神》。対するは武器もなく、先の攻撃を受け消耗しているエクリシア――さすがに、分が悪い。
防戦一方のエクリシアに、《魔神》は暗黒剣を振り上げて、渾身の一撃を放つ。
『これで、終わりだ! ハアッ―――ヌッ!?』
――が、その腕に〝水の縄〟が巻き付き、拘束した。
「《水神の縛縄》――わたくしの仲間を、傷つけさせはしません!」
『ぬうっ……こ、これはっ……』
最高峰の〝水〟属性の能力者、《水神の女教皇》リーンが繰り出す、結界にすれば貫ける者なき力。それを〝水の縄〟に変えれば、何者にも解けぬのは必定。
――それは、今この瞬間までの話だった。
『――これが、どうした? フンッ……ハアアアッ!』
「!? っ、まさか……わたくしの、《水神の縛縄》が……」
『クク、良いのか? 隙だらけだぞ――愚物めがァァァァ!』
〝水の縄〟を引きちぎった勢いそのままに振り上げた暗黒剣を、隙を見せてしまったリーンに叩き付けようとする……が。
「リッ……アブ、ナイッ! ――ウッ!?(リーンさん、危ないっ! ――あうっ!?)」
「!? え――エクリシアさん! しっかりしてください、すぐに治療しますからっ! ふうっ……《
エクリシアが横っ飛びでリーンを救ったものの、漆黒の鎧越しに背を打ち付けられてしまう。慌ててリーンが回復するも、そのダメージは尋常ではない。
敵は――《魔神》は、やはりあまりにも、強大だ。
それでも、リーンとエクリシアは懸命に、力の限りを尽くして立ち向かっている。
なのにレナリアは、まるでナクトと出会う以前のように、恐怖に震えていた。
(っ……リーンさん、エクリシアさん……二人が戦っているのに、どうして私は、こんな所で、震えて……私は……私は、なんでこんなに、弱い……っ)
《魔神》が言った事――1年前、この《終わりの地》の入り口で出くわし、レナリアが逃げ出したというのは、紛れもない事実。遠征に訪れた時の話だ。
鍛えた剣技も、神器たる光剣も、一切が通じなかった。《魔神》の恐ろしい眼に睨まれ、根源的な恐怖に囚われ、レナリアは、ただ逃げる事しか出来なかったのである。
彼女が己を〝偽りの希望〟と強く自覚したのは、それがきっかけだ。けれど、それでも、人々のため、レナリアは〝真実の希望〟になるべく、懸命に努力を重ねた、が。
(やっぱり……こんな、私では……〝真実の希望〟になんて――)
ついに、心が折れてしまいそうになった――直前。
「―――信じていますわ」
「………えっ?」
その声は、背中を向けているリーンから、聞こえてきた。
今もなお、戦いながら、傷つきながら。
真なる〝人々の希望〟として、立ちながら。
リーンと、そしてエクリシアが、うずくまるレナリアに向けて放ったのは――
「わたくし達は、信じていますわ。《光冠の姫騎士》を、そして――
わたくし達の仲間である――レナリアちゃんを――!」
「了――我ラガ同志、不敗ナリ――!(はい――レナリアさんは、負けません――!)」
「! リーンさん……エクリシア、さん……っ!」
人類最高峰の戦力であり、紛れもなく〝人々の希望〟である、そんな彼女達が――レナリアを信じると、そう言って、戦っている。
ただ、嘲笑するのは、敵対者たる《魔神》のみ。だが、だがしかし。
『フンッ、やはり愚者……〝偽り〟を盲信し、我に向かい来るなど、もはや自殺行為に等しい。もはや救いもない。貴様ら二人、まとめて叩き潰してやろう――!』
それが、何だというのか――仲間でもない、敵の言葉が、何だというのか――
そしてレナリアは、片膝を、剣の先を、まだ地に突いたまま。
「……信じる。リーンさんが、エクリシアさんが……仲間が。私を、信じてくれている。……なら、私は……」
《光剣レディ・ブレイド》、その剣の柄を、強く、強く、握りしめると。
「―――私は―――!」
光の刃が、朝日が昇るような、強い輝きを放った――!
『これで終わり――なっ!? な、何だ、この忌々しい、異様な光は……一体、何が!?』
暗黒剣を振るおうとした《魔神》が、光に目を眩ませ、焦燥していると。
「私の仲間にッ―――手を出すなぁぁぁぁっ!」
『ヌ――グウッ!?』
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