第五章 《世界》よりも、大切なモノ

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《城塞都市ガイア》から更に北、新たに出来た《全裸神丘陵》を越えた先――ナクト達が目指していた、《魔軍》蔓延る北の最果て、《終わりの地》に、とうとう辿り着いた。


《終わりの地》――この地がそう呼ばれるのは、人間にとって〝ここで始まるものなど、何もない〟という意味だ。

 計測しきれないほど広大な地には、常に霧が立ち込めており、視界は最悪。それだけならまだしも、霧の奥の其処彼処から魔物が湧き出して、命あるものに牙を剥くのだ。

 とても人間が住める場所ではなく、魔物同士でさえ喰らい合うほどの、無法地帯。

 得るものなど、何もない。そこにあるのは、ただ、〝終わり〟だけ。


《終わりの地》――人も魔も、全てが〝終わり〟と向き合う地――


 ■■■


「―――ついに、ここまで来ましたね」


 小高い丘の上から呟いたレナリアが、遥か遠くに見つめるのは、蠢く異形の数々。


 魔物、魔族、魔人――魔獣、魔鳥、魔竜、悪魔。

 ありとあらゆる魔を集結させ、全てを滅ぼすべく進軍する、人類最悪の敵対存在。

魔軍デモン・スウォード》――地平線を埋め尽くす万魔の大群が、邪悪な息吹を放っていた。


 この広大な《終わりの地》で、《魔軍》の位置を特定できたのは、《水神の女教皇アクア・プリエステス》たるリーンの手腕。


「《水神の羅針盤アクア・ロード・コンパス》――悪意・害意を特定し、指し示す〝羅針盤〟ですわ。《魔軍》の総ては、確かに今……あそこに集まっていますわね」


《終わりの地》に入ってから、魔物にさえほとんど遭遇せず辿りつけたのも、この能力のおかげ。《水神の聖十字アクア・リクルス》を輝かせ、ウインクするリーンは、甚だ頼もしく見える。


 見るからに禍々しい《魔軍》を見つめながら、威圧感では負けていない漆黒の重装、《剛地不動将アース・ジェネラル》エクリシアも呟く。


「……戦ウ……滅ボス……(あ、あんなのと戦うなんて、怖いですけど……人類を滅ぼす相手に、退いたりなんて、しませんっ……)」


 本心は控えめだが、言葉だけ聞けば非常に勇ましく頼もしいので、ここは表の言葉だけを拾ってあげるとしよう。


 さて、数え切れぬほどの敵を眺め、いつでも戦える状態だが――レナリアはナクトへと、確認するように語り掛ける。


「では、ナクト師匠っ。まずは私達三人が、《魔軍》と交戦します。ですので、ナクト師匠は……戦わないよう、お願いしますね」


 最大戦力であるナクトを、戦わせない――その理由を、レナリアは続ける。


「ナクト師匠は――《魔軍》の首魁が姿を現すまで、力を温存してください! 最後に出てくる、最も強大な相手こそが、最大の敵――どうか、お願いします!」


 そう、まだ力の底が見えぬナクトといえど、《魔軍》の尖兵との戦いで消耗すれば、最後まで戦いきれるか分からない。

《魔軍》を統率する首魁とて、その力が未知数なのは同じ。正体を知る者は、少なくとも人類側には、誰一人としていないのだ。

 たとえナクトといえど、苦戦するかもしれない――そのための〝ナクト温存作戦〟。

 提案したのはレナリアだが、決定はリーンとエクリシアも加え、満場一致だった。


 ……ちなみに、当の本人であるナクトが、《魔軍》を眼下に眺めつつ思う事は。


(あれが《魔軍》か。正直、実際に見てみると……全部相手しても、別に大して消耗しなさそうなんだけどな。……でも確かに、あの中に際立って強い奴は見当たらない。レナリア達の言う通り、大ボスが隠れているんだろう。ならば俺は、仲間を――信じる)


 ナクトが決意を固めると――まるでシンクロするように、レナリアが言い放った。


「ナクト師匠、私達を――レナリアを、リーンを、エクリシアを――信じてください!」

「―――ああ、信じている。もちろんだ!」


 ナクトが快諾すると――レナリアは、花が咲くような笑顔を見せた。

 作戦は決まった、覚悟は疾うに決まっている。


 ならば、後は――始めるだけだ――!


「さあ、決戦です――征きましょう、リーンさん、エクリシアさん――!」

「もちろんですわ、レナリアちゃん――!」

「……了……!(はいっ……!)」


 口火を切った《光冠の姫騎士プリンセス・ナイト・ティアラ》レナリアが、ティアラから光剣を抜き放ちながら、丘の急斜面を駆ける。その後ろを、《水神の女教皇》リーンが追った。

 そんな中、一人突出して先行したのは――《剛地不動将》エクリシア。


「……フシュウウウウッ……!」


 重装を物ともしない敏捷性。その両手に抱えるのは、巨人の持ち物かと錯覚するほどの巨大な斧。

 突然の襲撃に面食らう《魔軍》の中心へ向け、大斧を振り上げたエクリシアは。


「―――《剛地・金剛裂斬アース・ダイヤモンド・ブレイカー》―――!!」


 大地へ全力で振り下ろし――ど真ん中から、大きく二つに割り裂いた――!


『グガッ!? グッ、ググッ――グゲエェェェェ!?』

『グオオオオオオン!?』


 大小問わず、巨体の魔物達でさえ、一気に地の底へ呑みこまれていく。

 相変わらず桁違いな攻撃力、だがその力に耐えきれず、大斧は粉々になって――……


 粉々に、なっていない。大斧はエクリシアの手の内で、刃毀れ一つせず輝いている。

 その、燦然たる様相――そう、これは、ただの斧ではない。

《世界連結》により、ナクトがあらかじめ創り上げ、エクリシアに渡しておいた――


「《剛地金剛斧ダイヤモンド・アックス》――てトコか。がんばれ、エクリシア」


 呟くナクトの声が、まさか聞こえた訳ではないだろうが、一つ頷いたエクリシア。


 だが、《魔軍》は何も、地上だけを縄張りとしている訳ではない。

 翼持つ〝魔鳥〟や〝悪魔〟が、急降下してエクリシアを狙う――!


『キエエエエエエッ! ―――グエッ』


 ――が、爪牙がエクリシアに届く前に、その体は翼ごと縛り上げられる。

 拘束しているのは、長く太く、何より柔軟な、〝水〟の縄――そう、つまり。

《水神の女教皇》リーンの能力だ――!


「《水神の縛縄アクア・バインド》――〝水〟は防御だけに使うものでは、ありませんわ♪」


 にこり、いつものペースで茫洋とした微笑みを浮かべるリーンの後ろで、エクリシアが開いた地割れの中に、空を封じられた魔物達が墜落していく。


 数え切れぬ《魔軍》に対し、たった二人――《水神の女教皇》と《剛地不動将》が、完全に圧倒していた。

 そんな中で、《光冠の姫騎士》レナリアも、光剣を振り上げて。


「《光剣レディ・ブレイド》――やああああっ! はあっ!」


 横薙ぎにして一体、返す刃で二体目を、斬り倒す。《神々の死境》でナクトと出会った時の、魔物相手に怯えていた頃と比べれば、大きく成長していた。

 ……だが、レナリア本人の意識はといえば。


「っ。こんな程度では……リーンさんとエクリシアさんの足を、引っ張るだけです……っ、もっと、もっと、強い力をっ……てやああああっ!」


 己を不甲斐ないと感じ、その憤懣を刃に乗せて、振るっているようだった。

 小高い丘の上で待機し、それを見ていたナクトは。


「……レナリア、大丈夫だ。レナリアは、ちゃんと強くなっているからな」


 呟きながらも、弟子を信じて、動きはしない。

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