5-03

 飛び込んだレナリアが光の刃を閃かせ、暗黒剣で受け止めた《魔神》を、地を踏み鳴らして後ずさりさせた。


『何だ、貴様……〝偽り〟如きが、今更! 地べたに這いつくばり、恐怖に震えるのが、貴様にはお似合いだぞ!』


 徹頭徹尾、見下し、見縊り、冷罵を叫んでくる。

 だが、そんな《魔神》に――レナリアは、光の刃と言葉を突き付けた。


「確かに、私は――〝偽りの希望〟、《光冠の姫騎士》という見合わぬ、未熟者でした」

『クク、良く分かっているではないか。愚者でも、少しはマシな頭を――』


「ですが、それも――つい先ほどまでの話」

『………ハァ?』


 鼻につく声を漏らす《魔神》を、しかしレナリアは意にも介さず、続ける。


「きっと、世界で一番優しくて高潔な、《水神の女教皇》がいる。誰よりも強くて頼りになる、《剛地不動将》がいる。こんな未熟な私を、ずっと、導いてくれて……ずっと、ずっと一緒にいてくれる……師匠が、いる」


 レナリアが思い浮かべるのは、共に旅をし、共に戦い、共に歩んできた、三人。

 今となっては、もはや、自分の一部と思えるほど――大切な人達。


「そんな凄い人達が、私の事を、仲間だと呼んでくれるのなら。私の事を、信じてくれるのなら――私は、私を、信じられる! 仲間達が信じてくれる、私を――信じる!」


 仲間への、熱く滾る想いを乗せるように、光剣の柄を全力で握りしめ。


「もう私は、〝偽りの希望〟ではない――私は、〝真実の希望〟! 

《光冠の姫騎士》―――レナリアだあぁぁぁぁっ!」

『寝言は永遠に眠ってほざけェ! オオオオオオオッ!』


 咆哮するレナリアへ向け、容赦なく振り下ろされる《魔神》の暗黒剣。

 一方、レナリアは剣先を斜め右から後方へ下げて。


「《光剣レディ・ブレイド》……いいえ」


 己を襲う、暗黒の剣身へと向け――全力で振り抜いた――!


「光は我、我は光! 心は神の棲まう場所! 我は今――光の神――!

 ―――《光神剣リアライトレディ・ブレイカー》―――!」


 瞬間、太陽が弾けるような閃光を放った光の刃が、暗黒剣と激突し。


『ク……クク、クククッ……クッ――』


 含み笑うような声を漏らす《魔神》……だが、その声は途中、焦燥に変貌し。


『――なぜだ!? なぜ我が、押し切れぬ!? 《剛地不動将》さえ吹き飛ばした、我が!?』


 暗黒の大剣が、それと比べれば小さく見える光の刃と、中空で押し合っている。

 互角――いや、レナリアの光剣の方が、少し押しているほどだ、が。


「………っく!」


 押し切れるほどではない――均衡しているがゆえに、レナリアも動けない。

 何か、何かあと一つ、押し切るための決め手が――そんなレナリアへと、〝風〟に乗って届いたのは、彼女にとって世界中の誰よりもきっと、信じてやまない師匠の声。


『レナリア――もっとだ。もっと、出せるはずだ』

「! な……ナクト師匠っ!」

『これで分かっただろう。レナリアは、レナリア自身が思っていたより、ずっと強くなっている。それに気付けたなら、後は――解き放つだけだ』


 丘の上から動かず、仲間を、そして弟子を信じるナクトは、初めから気付いていた。


 出会った時のレナリアは、ローパーを斬る事はできずとも、振り下ろす刃は鋭く敵を捉えていた。《水の神都》では、ゾンビやゴースト相手に、全く後れを取っていない。

 危機に陥るのは、恐怖に心が支配されてしまう時や、体勢を崩した時だけ――《城塞都市ガイア》でも、彼女より何倍も大きな巨人を相手に、立ち回れていた。


光神の姫冠リアライト・ティアラ》に選ばれて、十年――レナリアが、己を磨き続けた時間は。

〝偽り〟ではなく〝真実〟として――レナリアの中に積み重ねられている――!


『レナリア、もっと素直に、自由に――自分の心を、解き放て――!』

「―――はいっ、ナクト師匠!」


 一声上げたレナリアに、《魔神》は鍔迫り合いながら威圧する。


『ヌウウウ……さっきからブツブツと、訳の分からぬ事を……おい、小娘! 我が目を見よ、貴様は無様にみっともなく、怯えているのがお似合いだァァァ!』

「ッ! っ、っ……~~~~~ッ」


 根源的恐怖を呼び起こす、《魔神》の眼――それも七つ全てに睨まれてしまえば。

 ただ恐怖のみで、命さえ奪う眼光に、レナリアは。


「それがっ―――どうしたぁぁぁっ!」

『!? なにっ……ば、馬鹿な!? 我が、この眼がっ……怖くないのか!?』


「今更お前など、誰が恐れるものですかっ! 私には、背中を押してくれる、師匠がいるっ……私の全てを、解放してくれる――師匠がいるっ!」


 己の心を、解き放つ――目の前の《魔神》などにではない。

 もっと、ずっと、〝大きな存在〟に――己の全てを、見せてしまいたいほどだ。


「我が剣は、闇を穿つ光の剣……《光神剣レディ・ブレイカー》……奥義ッ――!」


 今この瞬間、素直に、自由に――《世界》に――ナクトへ向けて――!

 今、レナリアが解き放つ事の出来る、もっとも素直な〝心〟は――!


「――《ナクト師匠、大好き斬り》ィィィィィ!!」

『―――なんッじゃそらフザッケンナァァァ! ……フザ、ッフ、ッフ――』


《魔神》の七つの眼が、憤懣やるかたなく紅蓮に燃える。……だが、そんなものは。

 レナリアが解き放った〝偽らざる〟想いの前には、光り輝く閃光の前には。


〝真実の希望〟《光冠の姫騎士》レナリアの前には―――無意味―――!!


『ば、馬鹿、な……我が、《魔軍総司令》である我が……こんな、こんなふざけた技に――ばっ、バカナァァァぁぁぁ――……』


 ごう、と爆裂するように、閃光が迸ると――《魔神》どころか、最果てたる《終わりの地》の遥か地平の果てまで、光の波動が穿ち抜いてゆく――!

 その光景に、《魔軍総司令》が消え去った事実に、残った《魔軍》の魔物達は戦意を失ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


「……………」


 後に残ったのは、光の刃を振り切った体勢で、沈黙するレナリアのみ。

 しかし、微動だにしない――そんな彼女に、ナクトが〝風〟に乗せて届けた言葉は。


『よくやったな、レナリア! ……ただ、師匠として悪い気はしないが……技の名前、センスやばかったな』

「――咄嗟に気の利いた技の名前なんて、出ませんよお! ふえ~~~ん!」


 しかも当人であるナクトは深い意味で取っていない辺り、二重の意味でイタい。

 けれど、煩悶するレナリアを、リーンとエクリシアは、それぞれ励まして……。


「レナリアちゃん、凄い一撃でしたわっ♪ ……でも技の名前は、ナクト様の言う通り、もっと、こう……《全裸大好き斬り》とか」

「意味変わってきません!? ……ん!? というか、全裸? ……リーンさん!?」


「……恥(は、恥ずかしくなんてなかったですよっ)」

「副音声がなかったら、私、恥ずか死にしていますからね! 本気で!」


 これが……仲間の絆……!


 何はともあれ、見事に《魔軍総司令》を打ち破り、《魔軍》を散会させたレナリア達。

 これで、人類の脅威は去ったのか――いや。

 そうではない事は――まだ、丘の上から動かないナクトが、示していた。


『レナリア、リーン、エクリシア――まだだ。……来るぞ』

「「「……――!」」」


 ナクトの声に反応し、三人もまた、感じ取ったらしい。

 視界を遮る深い霧、その遠く果てから、黒色に滲んでくる。

 それは、光を通さぬ漆黒――〝闇〟の象徴。


『……妾の眠りを妨げる者は、何処……』


 黒色に塗りたくられ、〝闇〟と化した霧をかき分け、現れた巨影。

 それこそが、《魔軍》の首魁だろう――当事者に、その意志があるか、定かでないが。

 何しろそれは、ただ一つの意思、目的しか持たぬ、超越者。


『妾は、〝世界を滅ぼす相克〟――《闇黒の女神》――』


 全てを滅ぼす漆黒の闇が――今そこに、顕現していた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る