第二章 至高の《女教皇》、歩むべき〝崇高なる道〟を識る

2-01

 次の目的地は、《水の神都アクアリア》――《光の聖城クリスティア》からは遥か北。


 危難の報せは鳥を使って齎されたらしいが、通常の道程では、十日ほどはかかるという距離だ。それでも、今この瞬間も《魔軍》の攻撃を受けているだろう《水の神都》を救うためには、急がねばならない。

 だが、《光の聖城》の城下町を北から出たレナリアの、月明かりに照らされた表情は、何やら自信満々だ。


「ふふふ……《魔軍》の予想外の襲撃には、確かに驚かされました。ですが、敵もまた、知るまいなのです――こちらには、ナクト師匠という〝真の英雄〟がいる事を! さあナクト師匠、《神々の死境》から《光の聖城》まで一瞬で跳躍した、あの能力で! 今度は《水の神都アクアリア》へ向かいましょう! どうか、お願い致します――!」


 なるほど、あの移動法を体験していればこそ、その算段に到達するのも当然だ。

 ただ、ナクトの答えはといえば。


「いや、無理だぞ。あの移動法は使えない」

「えっ。………えっ?」

「あの時は遠目にでも、目的地を目視できていたからな。でも《水の神都》とやらは、ここからでは全く見えない。どうやら崖なんかもあるみたいだし。だから、無理だ」

「………………」


 ナクトの答えに、沈黙したレナリアが――直後、俄かに慌て始める。


「ど、どど、どっ――どうしましょうーーーっ!? い、急がないと、走らないとっ! あ、いえっ、馬で……馬で行きましょう! 手配しますので、少しお待ちを――」


 初めて出会った時は魔物に怯え、けれど慈愛に満ち、されど困惑しがちで、弟子入りしてからは茶目っ気も見え――今は大慌て。何とも感情豊かで、目の離せない少女だ。

 と、城内への門をくぐり直そうとするレナリアだが、ナクトは彼女を呼び止める。


「待った、レナリア。……向こうに、川が流れているな。あの川がどこまで繋がっているか、分かるか? 《水の神都》の近くまで、続いているか?」

「え、えっ? あの川……ですか? は、はい。近くどころか、《水の神都》から流れてきている川ですよ。レナリア、勉強は人並み以上にしているつもりですし、間違いありませんっ。……けれど、それが何か……?」


 おずおずと尋ね返してくるレナリアに、よし、とナクトは頷き、川縁へ歩み寄る。


「分かった、じゃあ――この川を使って、《水の神都》へと向かおう」

「……ふえっ!? ふ、舟で、ですか? ……いえいえ! それなら歩いた方がずっと早いですよ! そもそも流れが逆向きですし、そんなっ……」

「舟なんて使わないさ。まあ、見ていろ――ふう」


 軽く屈んだナクトが、右手を川へ向けてかざした。改めて眺めてみると、大して流れも早くないし、穏やかな川だ。

 常識的に考えて、この川を使って逆方向の《水の神都》へ向かうなど、ありえない。


 けれど、ナクトには――《世界》には、そんな常識は、些細な問題だった。


「《世界連結ワールド・リンク》――水よ、その流れを、逆向さかむけ――!」

「えっ。川が、水が……逆方向、に……え、えええええ!?」


 ナクトが手をかざした境目から、濁流が湧き出し――しかもそれが全て、意志を持ったかのように、上流へ向けて流れていく。

 ぽかん、と小さな口を開けて絶句するレナリアに、ナクトは手を差し伸べた。


「上から下へと流れる水を、《世界》の力で干渉し、逆方向へ向かうよう作用させる。発生させた濁流で、下から上へ押し上げるのを手伝ってやった上で、な。……よし、何も問題ない。行こう、レナリア」

「はい。……えっ。こ、この激流を、ですか? ……え、それは、でも……えっ」


 ナクトに負けず、割と素直なレナリア、差し伸べられた手を、つい即座に取ったが。

 眼前には、逆向きに流れる、異常な勢いの激流。


 あまりに非常識な光景に、とんでもない現象を前に、レナリアが漏らした感想は。


「あ、あの、ナクト師匠。私、怖――」

「よーし、しっかり掴まっていろよ! ――飛ばすぞッ!」

「待っ、ししょぉ――ふえええええええん!?」


 レナリアが言い切る前に、彼女を抱えたナクトが、逆巻く激流の上に着地し――スタートした後には、甲高い悲鳴が《光の聖城》周囲に、こだましたのだった。


 ■■■


 逆向きの激流――その異様な現象に、レナリアを抱えて横滑りするナクトが更に加えているのは、速度を増すための推進力で。

「きゃあ~~~~~~~~~~~~っ!?」


 真っ直ぐな流れだけではない。急なカーブを描く事も少なくなく、そのたびに危ういのは……身だけでなく、はためくナクトのマント。

「きゃあっ、きゃあ……きゃあぁ~~~~!? ……あっ……」


 ナクトが右手で抱き寄せ、レナリアが両手でしがみついていないと、一瞬で振り落とされてしまうであろう、超スピード。

「……きゃあ~~~~~~……」


 本来なら上から下へ流れるであろう巨大な滝が、下から上へと流れていく、この世の終わりのような光景を、高速で突っ切る二人分の人影。

「………キャ~~~~~~~ッ♥」

 ……………?


 頂上の滝口を、どぱんっ、と大音を立て、猛スピードの勢いで飛び上がると――ナクトにしがみついているレナリアが口にしたのは。


「な、ナクト師匠っ……こんな状況で、不謹慎なのは、分かっています……分かっています、けどっ……これっ――すっごく楽しいです~~~っ♪」


 この子、ナクトが思う以上に、ずっと大物なのかもしれない。

 だが、レナリアが言う通りの〝こんな状況〟、そこまでの余裕はなさそうだ。


「楽しいのは何よりだけど――レナリア、準備しよう。もう、目的地だぞ」

「えっ? ……あれは……《水の神都アクアリア》! それに――《魔軍》!」

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