1-12 ★章ラスト


「これが、レナリアの―――覚悟ですっっっ!!」


 ドレスアーマーを脱ぎ――! ……いそいそと、丁寧に折り畳み、横に置いてから。

 つい育ちの良さが出ちゃったレナリアが、続けて敢行したのは。


 そう――全裸土下座だ――!

 ……………………。


 ―――全裸土下座だ―――!?(二度目)


 己を師と慕う少女の、捨て身とさえ呼べる攻めの姿勢を見て、ナクトは思う。


(………なにゆえ?)


 ちょっと師、弟子のこと、よくわかんない。

 しかし相手は、あのあまりにも厳格な女王、そして母たる人間である。娘の行き過ぎた攻めの姿勢を目の当たりにし、一体、何を思うのか――


「……なるほど。この世界において、最も重要たる〝装備〟を投げ捨ててでも、戦いに赴くという不退転の覚悟。更には裸となる事で、己の心身にやましき事がないと示し、同時に強い決意をも表した。レナリア……貴女、いつから……そんなにも強く……!」


 どうも、前向きに受け入れてくれているらしい。

 やはり意外と、似た者親子なのか……あるいはナクトの《世界》由来の説得力が、まだ効いているのかもしれない。

 女王は感傷的な状態のまま、続けて己の心情を口にしていた。


「かつて《姫騎士》だった頃の私ほど、力を引き出せていないレナリアに……〝偽りの希望〟という服を着せてでも、《魔軍》との争いから守ろうとしていたわ。けれど今、そう、服と共に〝偽り〟を脱ぎ去ったように……レナリアには、レナリアの道があるのよね」


 もう鼻で笑うのではなく、ふっ、と穏やかに微笑んだ深読み女王が、華美な座具から立ち上がり、攻めっ攻めの姿勢を続けるレナリアに歩み寄る。


「レナリア、貴女の覚悟、よく分かりました。私は……母は、もう何も言いません。さあ、もう装備を身に付けなさい。貴女の大切な御師匠様に、笑われてしまいますよ」

「お母様……きゃっ、ナクト師匠! み、見ちゃダメですよう……し、失礼しますっ」


 ものすごく今更な気もするが、羞恥に頬を染めたレナリアが、慌ててドレスアーマーを拾い、装備しなおすべく備え付けの仕切りの向こうへ姿を隠す。


 その間、女王は次にナクトへ歩み寄り、今では随分と優しくなった声で語りかけた。


「ナクトくん……で、良かったかしら。娘は見ての通り、まだまだ未熟だし、不束者ではあるけれど……あなたの事を、心の底から慕っているわ。あんなに厳しく言っておいて、こんな事を頼めた義理ではないのだけれど……でも、お願いよ」


 それは、女王としてだけではない、母たる者の、娘を慈しむ言葉。

 向かい合い、真っ直ぐに、彼女はナクトへと願った。


「ナクトくん、どうか、娘の事を――(生涯の伴侶として)守ってあげてね……!」

「ああ、もちろんだ――(仲間として)俺の命に代えても、守ってみせるぞ――!」


 絶妙なすれ違いに気付かぬまま、ナクトが承知すると、女王は安堵の笑顔を見せた。

 ちなみに、仕切りの向こう側で、着替えながら聞いていたレナリアはといえば。


「な、ナクト師匠、そこまでレナリアの事を……っ、ど、どうしてでしょう、こんなの初めてです……胸が、ドキドキしちゃってますっ……♥」


 真っ赤になった頬に両手を添え、やん、やん、と身動ぎしていた。



 何はともあれ、これでレナリアは――《魔軍》と戦うために、ナクトと共に旅立つ許可を、正式に得られた訳だ。

 これにて、一件落着――……と言い切れない事態が、火急の報告として訪れる。


「じょ、女王様、《姫騎士》様――大変です!」


 それは、先ほど逃げるように退室していった、近衛兵の一人。慌てる彼女に向けて、瞬く間に威儀を正した女王が、厳格な声で答える。


「騒々しいわよ。報告は粛々と、正確に行いなさい。客人の前で……いえ、未来の王たる人間の前で、失礼よ」

「も、申し訳ございませ……へ? 未来の、王?」


 女王の言葉に、困惑する衛兵……ちなみに、当人であるナクトはといえば。


(未来の王って、誰のコトだろう……あ、レナリアが将来、女王になるってコトか。娘のコト、ちゃんと認めてあげているんだな……うん、うん)


 ナクトがそれで納得できるのなら、もうそれで良いのではないだろうか。

 それはともかく、女王は改めて、女衛兵に問うた。


「それで一体、何があったの? 息を整え、落ち着いて、報告なさい」

「あ……はっ! し、失礼いたしました! コホンっ……すう」


 深呼吸した女衛兵が、それでも落ち着ききれぬ様子で、改めて口にした報告は。


「北の要地、《水の神都アクアリア》がっ……《魔軍》の襲撃を受けていますっ!」

「…………は?」


 齎された報告は、威儀を正した女王でさえ、呆気に取られるほど意外だったらしい。

 その理由は、戸惑いながらも重ねて問うた女王の言葉で、判明する。


「ど、どういう事なの……まだ《魔軍》は、遥か最果ての北の地で、人類の防衛戦力により食い止められているはず。重要拠点が陥落したという情報もなかったはずよ。なのになぜ、すぐ北の《水の神都》が、《魔軍》に襲われるというの!?」

「わ、わわ、分かりませんっ! 《魔軍》は突然に現れたとか、何もない所から湧いてきた、とか……しかも少数ではなく、大軍で……もう伝達の指揮系統もメチャクチャで、他の詳しいことは、何もっ……!」


 ありえないと、そう思い込んでいた所に、怒涛のように攻め寄せる状況。

 この事態を前に、女王は後悔の表情を浮かべていた。


「甘かった……甘かったのは、私なのね……レナリアが人々の希望たる《姫騎士》として立つ限り、人類は絶望せず、戦い続けられるなんて……そんな考え自体、甘かったのだわ。そんな幻想は、こんな一手で、一瞬で消え失せる……私が判断を、誤った……!」


 己を責める女王、つまりレナリアの母を――見かねたナクトが、一言。


「よし――じゃあ、すぐ助けに向かうか」

「! な……ナクトくん?」


 シンプルな話だ、と口にするナクトに、女王は戸惑いつつ危惧を述べる、が。


「そ、そんな……ここから《水の神都》まで、どれほどの距離があるのか、分かっているの? どんなに急ごうと、とても間に合うはずが――!」


「お母様、大丈夫です。ナクト師匠と……ナクト師匠を信じる私を、信じてください」

「! レナリア……えっ? そ、その姿は……というか、その装備は?」


 仕切りの向こうで着替えを終え、姿を現したレナリアの姿に、女王は驚く。

 今のレナリアは、ドレスアーマーを着直した状態――ただし、少しだけ、違う。ドレスアーマーの下を、補うように身に着けていたボディスーツを、着ていない。


 つまり、今のレナリアは――へそ出し状態という事だ――!


(なにゆえ……なにゆえ?)


 ナクトの疑問は尽きないが、どうやら女王も同じらしく――けれどレナリアは、何やら吹っ切れたような、自信に満ちた表情で言い放った。


「お母様。これもまた、レナリアの――覚悟です」

「! そう……そうなのね。それが貴女の道、なのね」


 もう、何も言わない――その言葉を思い出したように、女王はただ、頷いていた。ナクトとしては、もう少し踏み込んで言及してほしかったが。

 一方、大胆な装備に踏み切ったレナリアは、早鳴る鼓動を抑えるように、片手を胸に当てながら考えていた。


(今のレナリアには、まだ、これが限界です……でも、これが私の、確かな一歩。少しでも、ナクト師匠に近づけるように。隣に立つ者として、恥のないように。そう――)


 胸に当てた手を、ぐっ、と握りしめながら、己の固い決意を心中で叫ぶ――!


(後に《全裸王》と呼ばれる――ナクト師匠の伴侶に、相応しくなれるように――!!)


 何だかナクトの知らない所で、とんでもない称号が付けられるのが確定していた。

〝世界〟を通して不穏な気配を感じるナクトだが、レナリアは何の邪気もなく笑う。


「ねっ、ナクト師匠っ♪」

「え? あ、うん。北にある要地を救いに行く、って話だよな?」

「あ、そうですねっ。まずはそこから、始めましょう!」


 ちょっとばかりのすれ違いはあれど、二人の見解は合致し、互いに頷き合う。

 師匠と、弟子――次なる黄金の目的を、二人は真っ直ぐに見据えていた。


「さあ、行くぞ――《水の神都アクアリア》とやらを、救いに――!」

「―――はいっ!」

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