2-02

《水の神都アクアリア》――レナリア曰く、そこは世界でも最上の美しさを誇るとされる、水上都市。

 街中にまで流れる水路は、綿密に配置・整備されて芸術的なまでの装いを醸し、平時ならばその美しさに見惚れ、酔いしれるほどだという。


 しかし今、その美しき水上都市が、戦火に包まれている。街の其処彼処から、住民達の阿鼻叫喚も響いてくる惨状に、レナリアは俄かに慌て始めた。


「た、大変ですっ……皆さんを、早く助けないと――」

「ああ、そうだな。挨拶代わりだ――このまま突っ込もうか」

「は、はい! ……えっ、このまま、って……きゃーーーっ!?」


 月を背にして中天を舞うナクトとレナリアが、発生させていた濁流を眼下の水上都市に向け――横滑りする態勢で、突撃する――!

 狙いをつけたのは、火の手が広がりつつあった、露店が立ち並ぶ市場……そして。


「ヒ、ヒイッ!? 火がっ……だ、誰か助け――ぶえっ」


 助けを求める市民ごと、大波一発、鎮火させた。……まあ火の手が及んでいた市民もいた事だし、乱暴ではあったが、結果オーライだろう。

 さて、難なく着地したナクトが、右腕に抱えていたレナリアを丁寧に下ろすと。


「よし――《水の神都アクアリア》に、無事到着だな。レナリア、立てるか?」

「は、はいっ。エスコート、感謝いたします、ナクト師匠っ。……あっ」


 律儀に礼をしたレナリアが、その視界に捉えたのは――街を襲撃した《魔軍》の姿。

 同時に、なぜ《魔軍》が人類側に気付かれず《水の神都》を奇襲できたのか、その理由もレナリアの口から明らかになる。


「あの魔物達は……《屍人ゾンビ》や、《悪霊ゴースト》……そういう事ですか。遥か北の地からやってきたのではなく、元々この地の周辺に存在した邪気を呼び起こして……っ。魔に堕ちたとはいえ、死者を冒涜するなんて、許せませんっ……」


 高潔な怒りに燃えるレナリアだが、その身は微かに震えている。

 無理もない。相手は見るからに悍ましい屍人や悪霊。〝偽りを真実に変える〟と決意したからとて、すぐさま恐れを捨てる事など、出来はしないのだ。


 だからこそ、ナクトはレナリアの強張る肩に、ぽん、と手を置く。


「レナリア、大丈夫だ。〝光〟の属性はアンデッドに強い。俺も《神々の死境》で、よく世話になっていた――あの程度の魔物なんて、どってことないさ」

「! ナクト師匠……はい……はいっ!」


 レナリアの震えが止まり、心から恐怖が出て行った――とほぼ同時に、ゾンビやゴースト達がレナリアに気付き、襲い掛からんと魔手を伸ばす。

 だが、レナリアは一歩も退かず、《光神の姫冠》の右端を飾る宝石に手を伸ばし。


「――《光剣レディ・ブレイド》――!」


 抜き放った光の刃が、邪霊達を一太刀ごとに斬り祓う。ローパー相手とは違う、ナクトの言う通り、〝光〟の力は邪なる存在を寄せ付けもしなかった。

 見事に敵を討ち果たしたレナリアが、表情を喜色で輝かせながら、ナクトに言う。


「な、ナクト師匠っ……できました、レナリアにも、やれました! こ、これが――」

「ああ、見事だったよ。言ったろ、どってことないって。それが〝光〟の力――」


「おへそを出した事で得た力なのですね!? さすがナクト師匠の〝全裸レッスン〟、すごいですーっ♪」


「違っ……いや、どうなんだろう……あるいは、気持ちが吹っ切れるキッカケになった、とか……? いや、うーん、うーん……どうなんだろう……?」


 ちょっと師、弟子のこと、まだよくわかんないから。

 何はともあれ、レナリアが見事な剣技で、邪なる魔物を討ったのは事実。


《水の神都》の非常事態を救いに来たレナリアに対し、民衆達の反応は。


「あ、あのお方は……《光冠の姫騎士プリンセス・ナイト・ティアラ》レナリア様では!? まさか《光の聖城クリスティア》から、もう援軍に来てくださったのか!?」

「あ、ありがたい! 《姫騎士》様が加勢してくれるなら、百人力だ!」


 上品な土地柄なのか、《光の聖城》の時と口調などは異なる気はするが、《姫騎士》の名声は《水の神都》にも充分及んでいるようだ。

 とはいえ、油断してこの場に留まられても厄介、とナクトは盛り上がる民衆達に向け、簡単に指示を出した。


「じゃあ皆、ここは危ないから、安全な場所を探して避難するんだ。――いいな?」

「「「はい。…………へっ?」」」


 突然の要請を、民衆は何の疑問も持たず受け入れた――その事自体に疑問を抱いていたようだが、彼らはナクトの言葉に従い、首を傾げつつ規則正しく避難を始める。

 これが《世界》を装備しているナクトの説得力……だが解決したのは街の一画、都市全体を見れば《魔軍》の脅威は依然として変わらず、多くの民衆が危難に晒されている。


(都市自体が広いから、大変だな。少し本気を出すか……ん?)


《世界連結》の能力でも使うか、とナクトが腕を上げかけた、その時だった。


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