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と、レナリアは歩きながら、今度こそとナクトにレクチャーする。
「こほんっ。ところで、ナクト師匠は確か……〝装備のランク〟について、ご存じありませんでしたよね?」
「ん。ああ、そうだな。レナリアのティアラが最高の《神器クラス》とは聞いたけど……何しろ《神々の死境》には、俺以外に人間がいなかったし」
「ではっ。不肖、このレナリアが……僭越ながら、教えちゃいますっ♪」
キリッ、と腰に手を当てながら、茶目っ気たっぷりのウインクを送ってくるレナリアが、立てた人差し指を、少し離れた畑作業中の町民へと向ける。
「まず、一番下――〝ランク1〟に該当するのが《一般クラス》です。どれだけ習熟しようと、基本的に攻撃性能と呼べるほどの力は得られませんが、開墾や建築作業、日常生活には充分なレベルです。ほら、例えばあの方が持っている、鍬のように――」
「え。……はうあっ!? 《姫騎士》様が、この鍬を指さしてらっしゃるうゥゥゥ!? 即ち《一般クラス》の鍬でさえ、《姫騎士》様の御威光にさらされたことにより格式高くなるのは必然ン! もはやこの鍬は、〝ランク2〟……《兵装クラス》じゃアアアアい!」
「……………」
そんな効能はない、と言いたげなレナリアだが、きゅっ、と柔らかそうな唇を噛んだ後、改めてナクトに説明を続けた。
「へ……《兵装クラス》の話が出ましたね! 〝ランク2〟ともなれば、攻撃的な能力を発揮できるようになります。〝習熟度〟を限界まで高めたマスターレベルは、ゴーレムさえ一刀で斬り伏せるとか……ただお値段が張ってくるらしく、国が所属兵や傭兵に支給するのが、一般的なようですけれどね。たとえば、ええと……あっ、あの辺りの――」
「!? れれレナリア様がこちらに目をォ!? まずい、こんなクソみてぇな《兵装クラス》の槍や鎧なんざ見せたら、あの貴き眼を汚しちまうぞォォォ!」
「脱げ脱げ! 脱ッ……ああもう! こんなもん放り捨てちまえェェェ」
「オラァァァァ! 地の果てまで飛んでいけェ! ンオラァァァァイ!」
「…………」
支給されたものだろうに、良いのだろうか。ナクトが何とも言えず黙っていると、レナリアは行き場をなくした指を、ふるふると震わせながら。
「……な、ナクト師匠ぅぅ……」
「うん、まあアレだ。なんていうか、周りが悪いと思う。コレは」
〝大丈夫〟という決意の時から短く、既に感情が決壊しかけているレナリアだった。
「あうぅ」と、レナリアがうるうると涙目でいた、その時――不意に、身なりの良い役人らしき男が通りかかり。
「ん? あ……ウワアアア《姫騎士》様が悲しんでおられるゥゥゥ!? な、なぜ……ハッ!? 税か、税が高かったのか!? ヒイイイわかりました! 税を、税を暫く免除します! 私財を投じてでも、自ら野良仕事に繰り出してでも、免除してみせるゥ!」
「!? ウオオオ! 特段、高いと感じてもなかった税が、なぜか免除されたぞォォォ!」
「さすが尊くも貴き《姫騎士》様だ! 慈悲深い心で、いつも民衆を救ってくださるッ!」
「キャー! レナリア様、ステキー! メイドにしてーーーっ!」
「レナリア様!」「《姫騎士》バンザーイ!」「祭りじゃア!」
「ワッショォォォイ!」
なるほど、こうして勝手に伝説が生まれてしまう訳だ。
これでは重圧に潰されかけても、仕方ない――実際、レナリアは。
「ナクト師匠ぉ……なくとししょおぉ~~~っ!」
なんかもう涙目どころか、さめざめと泣いている。
とはいえ、いちいちこんな騒ぎを起こしていては、キリがない。しょうがないな、とナクトは、レナリアへと歩み寄り。
「レナリア、また少し、我慢してくれ。……よっと」
「ししょぉ……う? ……きゃ、きゃあっ」
ぐっ、と彼女を抱き寄せる――と、そんな場面を見た民衆は、当然。
「は。……ハアアア!? 《姫騎士》様にナニさらしとんじゃマント野郎テメぶっ潰されっぞコラァァァ――……あ、れ?」
だが、その罵倒は空を切る。ナクトとレナリアの姿は、一瞬で消えてしまったのだ。
「え、あれ……確かに今、《姫騎士》様と、妙なマント野郎が、ここに……あ、あれ?」
「き、消えちまった……一体、何が起こったんだ……?」
「……フッ、愚かな。そんなことも分からないとは、哀れな奴らだね……」
「!? な、なんだと、どういうことだ!?」
何やら訳知り顔の男が、問いかけられると、自信満々に答えを返した。
「〝人類の希望〟たる我らが《姫騎士》だぞ――瞬間移動くらい、お手の物さ。一瞬で消えたように見えたのも、当然だろう?」
「そ、そっか。……でもあの、マントの男は、何だったんだ……?」
「え……そんなん知らんし……オレ、今来たばっかだし……遺憾の意だし……」
「そっか、そっか……なんかオマエ、すげえムカつくな……」
……その場にざわめきだけを残し、すっかり姿を消してしまった、騒ぎの大元。
ただ――その場にいるレナリアは、ナクトに小声で尋ねた。
「……あ、あの、ナクト師匠……どうなっているのですか?」
そう、二人はその場から、一歩も動いていない。〝お互い以外は、周囲から見えなくなっている〟だけだ。その理由を、ナクトはあっさりと答えた。
「《世界連結》の能力で、世界に溶け込み、姿を隠したんだ――属性で言えば〝光〟かな。光の反射を捻じ曲げれば、こういうコトもできるぞ」
「そ、そうなのですか、そんな技術まで……こ、こんなにくっついているのは、少し、恥ずかしいですけれど……きゃっ」
ぽっ、と可憐に頬を染めるレナリアは、下着姿で迫ってきたのと同一人物とは思えない。まあそれはそれ、とにかく次の行き先を、ナクトは尋ねた。
「それで、これからどうするんだ? 城下町を抜けて、城へ向かうのか?」
「は、はいっ。私が正式に《魔軍》と戦うため、旅に出る許可を頂きに参ります。……その……お母様と、謁見をして。……っ」
「なるほど、レナリアのお母さんに会うのか。……ん? レナリア、どうしたんだ?」
レナリアの表情は、魔物と対峙している時よりも、よほど緊張しているようだ。
いっそ、青ざめてさえいる彼女が、続けて震え声を放つ。
「ご、ごめんなさい、驚かせてしまって。母に会うのは、私にとって……戦いに臨むより、覚悟の要る事で。……で、ですがご安心ください、レナリアには考えがあります!」
どうにか気力を復活させたレナリアが、ぐっ、と握りこぶしを作った。
「その準備を整えるために――寄りたい場所が、あるのです。参りましょう、ナクト師匠。不肖レナリア、少しでもナクト師匠の領域へ近づくために……がんばりますっ!」
ふんす、と気合を入れるレナリアの案内に従い、ナクトはその場を移動した。
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