第五曲『合わせ鏡に耳を塞ぐ』

 あの時俺が伸ばした手を、彼女は救うように取ってくれた。その瞬間から音は独りではなくなって、俺の中で、彼女の中で、生まれた旋律は幾重にも寄り添い連なった。みるみるそれは厚みを持ち、両手を繋ぐ二人の間に繰り返し、何度も、何度も、同じ世界を見つめ続けて、喜びと慰めを渇望して。

 心地よさだけがあった。

「アイシャ」

 初めて会ったのに、そうとは思えないくらい調和した。

「もう来るな」

「えっ…」

「俺らの所にはもう来るな」

「あの…?」

「…」

「どうしてそんなこと、仰るのですか」

「…」

「あの曲はどうするんです」

「…」

「嬉しかったって、言ってくださったじゃないですか」

「…」

「同じだって…わたしたちの波形はぴったり重なるって、言ってくださったじゃないですか!」

「…っだからだよ」

「…レイタさん…?」

 ぴたりと重なる二人の波形。

「同じに決まってるだろ…」

 それが鏡を合わせたからだと知ったとき、無限に響くポリフォニーは、割れた音がこの上なく耳に障る。

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