第27話 ファルナスの二大傭兵ギルド

 アラタとゴブリンキングの邂逅から間もない頃、『ニーベルンゲン大森林』の出入り口には多くの魔闘士たちの姿があった。

 彼らはギルド協会ファルナス支部の依頼で派遣された傭兵ギルドの者たちである。

『ファルナス』において二百名という最大規模を誇る白金等級の傭兵ギルド『クロスレイド』、ギルドメンバーが数名の女性のみにも関わらず金等級の傭兵ギルド『イザナミ』。

 この二強の傭兵ギルドのメンバーで構成された五十名の魔闘士たちの任務なのだが、表向きはゴブリン連合の殲滅と言うことになっている。

 だが、実際の指示は既に全滅しているであろうゴブリン連合の死体の処理などの後始末だ。

 万が一ゴブリン連合が健在であった場合の保険として、この五十名規模の部隊が派遣されたのである。


 『クロスレイド』からはギルドの重鎮であるコウガイが参加し、『イザナミ』からはギルドマスターであるクレナイと同ギルドのメイファが参加していた。

 『イザナミ』からはこの二名のみが派遣されているため、この増援は人数的にはほぼ『クロスレイド』の人間で占められていると言ってもよい。

 周囲のほとんどが屈強な男たちばかりである中、『イザナミ』の二人は可憐な花のような存在感を放っていた。

 特に『イザナミ』のギルドマスターであるクレナイは、年齢は二十代半ばくらいの艶やかな黒髪ロングの美しい女性だ。

 赤い色の着物を花魁おいらんのように着崩した形状のローブを身に纏っており、上半身では肩や豊満な胸の谷間が露わになり、はかまのスリットからは歩くたびにすらりと長く美しい生足がちらちら見えている。

 殺伐とした雰囲気の中、異常な色香を放つ彼女に同ギルドのメイファがたしなめるように言うのだった。


「クレナイさん。前から思っていたんですけど、そのローブのデザインってもう少し何とかなりませんか?」


 彼女の忠告に対してクレナイは「何の事?」と言いたげな目をしていた。


「そのローブは色んなところが見えちゃって、ハッキリ言ってエッチですよ。現に今もそこら辺の男共がいやらしい目でクレナイさんを見ています。私はクレナイさんがそんな目で見られるのが我慢ならないんです! だから、お願いします! 後生ですから、もっと露出度の低いローブに変更してください!」


 メイファの涙ながらの懇願を前にして、クレナイは少し戸惑っていたが一度溜息をついて説明をする。


「そんな事言われてもねぇ。このローブの外見って纏う人間の無意識によるイメージで出来ているでしょ? デザインを変えろと言われても簡単には出来ないわよ」


「だったら、せめてもっとちゃんと着込んで胸元が出ないようにしてください。こんな血に飢えた狼たちにサービスなんていらないですって!」


 メイファの心からの懇願であったが、当の本人には今一届くことはなかった。


「いや……別に私はサービスしているつもりなんてこれっぽっちもないんだけどね。――ガッツリ着込むと刀が抜きにくくなるし、それに胸に熱がこもって汗だくになるしデメリットの方が多いのよ」


 クレナイは左の腰に下げた刀をカチリと鳴らしながら言う。


「うう……」


 願いが叶わずうなだれるメイファの周囲では男たちが小さくガッツポーズをしていた。

 そんな様子を見てか、クレナイは周囲に聞こえるように通る声で冷たく言うのだった。


「もっとも、今このあたりにはびこる殺気を前にして女の色香にうつつを抜かすような三流の魔闘士なんてそう長くは生き延びられないし、少しくらいいい目を見てもいいんじゃない? どうせ長くは生きられないんだから」


 その言葉に現在進行形で色香に現を抜かしていた連中はギョッとしていた。その様子を見てメイファは心の中で打ち震えるのであった。


(ああ~ん! さっすがクレナイ様! かっこいい!! 痺れちゃう!! 抱かれたい!! いえ! 抱いてください、クレナイ様っ!!)


 周囲の男連中が青ざめる状況で、五十代くらいの巨漢が苦笑いをしながらクレナイたちの近くまでやって来た。


「クレナイ殿、メイファ殿、我々のギルドの者が不快な思いをさせて申し訳ない。彼らはまだ当ギルドに入って日が浅い故、教育が行き届いていなかった。許していただけるとありがたい」


 彼の名は『クロスレイド』の古参であるコウガイと言い、今回の二大ギルドによる編成のリーダー役を担っている。

 ローブに収まっていない部分の屈強な肉体のあちこちに傷跡があり、彼が歴戦の猛者である事を示していた。

 彼自身は温和な性格ではあるが、強大な戦士故のプレッシャーが自然と滲み出ている。

 それを感じ取ったメイファは、足がすくむ感覚に襲われるがクレナイは眉尻一つ動かすこともなく冷静だ。


「コウガイ殿、私たちは気にしていないのでお気遣いなく。それよりも、あなた自身から溢れだしている殺気や魔力の方がよほど危険ですよ。実力の低い魔闘士であれば、そのプレッシャーに押しつぶされてしまいます」


「はははははは!! これは申し訳ない! いやー、こうして戦いの雰囲気を感じると、どうしても頭よりも先に身体が反応してしまうものですからな!」


 そんな殺気立つ環境下で大声を出して笑うのはどうかと思うクレナイたちではあったが、彼の温和な顔の下から時々見え隠れする獰猛な戦士の素顔を感じ取り、これ以上問答してもしょうがないという結論に至った。

 そして、それから間もなく彼女たちは『ニーベルンゲン大森林』の少し奥にあるゴブリンたちの巣穴が密集する岩場へ到着した。

 そこで彼女たちが目にしたのは今までに見たことがない光景であった。

 驚きのあまりにメイファが声を漏らす。


「何これ……あちこちゴブリンの死骸で埋め尽くされている。それにホブゴブリンやオーク、レッドキャップまでいる!」


 メイファたちは戦慄した。ここに来る前に聞いた話ではゴブリン連合は千人規模の集団だと言っていたが、そんな話は半分冗談だと思っていたからだ。

 しかも、それをたった七人構成の新米ギルドが相手取るという話も現実味を帯びない理由の一つとなっていた。

 だが、実際には今まで見た事のない数のゴブリンの死体が転がっている。

 おまけに魔闘士ランクがAクラスでも苦戦必至のレッドキャップまでもが数えられるだけでも数十体は横たわっているのだ。

 これをたった七人で実行した者たちがいるとしたら、そいつらこそ本物の化け物だと皆が思っていた。この中でたった二人を除いて――。

 その二人であるコウガイとクレナイは、この惨状を前にして興奮していた。

 普段は気だるい表情で日中眠っていることも多いクレナイであったが、死臭漂うこの環境下で戦士としての本能が刺激され目をぎらつかせて周囲の様子を伺っている。

 その隣にいるコウガイも同様に、先程ちらつかせていた獰猛な戦士の顔を見せていた。

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