第25話 アラタVSデスサイズ①

「とんだクズだなお前は。今まで俺が相手にしてきたゴブリンキングも皆、揃いも揃ってクズばかりだったが、お前もあいつらに負けないくらいのクズっぷりだよ」


 その時、赤い光の主に異常が発生した。身体を何かが侵食するような現象が発生したのである。


「これは――!?」


 すると、ゴブリンキングが顔全体を歪ませるほどの笑みを見せて笑い出すのであった。


「ギャハハハハハハハハハハハハハ!! バカメ、バカメ、バカメ、バカメ! 調子ニ乗ルカラ、ソンナ目ニ遭ウンダヨ! 今オ前ニ呪イノ魔術ヲカケテヤッタ! アト数分デ、オ前ハ衰弱死スル! スグニ立ッテイルコトモ出来ナイグライ、身体ガ辛クナッテクルゾ! 確実ニ近ヅク死ニ恐怖シロ! 命乞イヲシテモ無駄ダ! オ前ハ確実ニ俺様ノ手デ殺シテヤル!!」


「――――はぁ」


 赤い光の主は呆れたような溜息をつくと、木陰の中から姿を月光の下へ晒した。

 夜の闇に溶け込むような黒い短髪に黒い軽鎧型のローブ。それとは対照的に淡い光を放つ深紅の双眸がゴブリンキングを睨み付けていた。

 赤い光の主――ムトウ・アラタは姿を見せた直後、手を振り払うような動作をして自身にかけられた呪いの魔術を破壊した。

 それを目の当たりにしたゴブリンキングは、さっきまでの笑みが凍り付いたように顔に貼り付き、目だけが驚愕の色を見せている。


「ナッ、バカナ!? イッタイ何ヲシタ!? 魔術ヲディスペルシタノトハ違ウ、マサカ……魔術ヲ破壊……シタノカ?」


 ディスペルとは魔術を構成する術式に介入し無力化させる方法だ。ディスペルを実行するには使用者に高度な魔術の知識や魔力が要求される。

 他には魔術同士をぶつけて相殺する方法があるが、それは攻撃系の魔術に限られる。

 今回のような呪いなどの魔術には、それを解呪する専門の魔術によってディスペルするしか方法はないが、それらを使えるのは治癒系の魔術が使える者だけだ。

 それに専門の解呪系の魔術でも一瞬でディスペルするような芸当は出来ない。

 その事実を知っているゴブリンキングからすれば、アラタがやってのけたのは魔術のルールを完全に無視する事だったのである。


「どうした? さっきまではめちゃくちゃ喋っていたのに急に黙って。――何か恐ろしいものでも見たのか?」


 アラタは赤い瞳を光らせながらゴブリンキングのもとへ歩いてくる。

 彼が近づく度にゴブリンキングは後ずさりし、やがて木の根に足を引っかけて尻餅をついてしまう。


「ヨ、寄ルナ化物! 呪イ殺スゾ!」


 ゴブリンキングの言葉を聞いてアラタは再び溜息をついた。


「失礼な! お前だって立派な化物だろうが! それと、さっき俺がお前の呪いを解呪したのはまぐれじゃない。俺を呪い殺そうなんて千年早いんだよ!」


「グ……チクショウ! チクショウ!!」


 ゴブリンキングは悔しそうに地面を何度も叩く。アラタは敵の惨めな姿を冷たい目で見下ろしていた。


「言っておくが俺に命乞いの類は効かないぞ。確実にお前を発見し仕留めるために千人近くの敵の相手を仲間に任せたんだからな。俺は自分の責任を果たす」


「――!?」


 ゴブリンキングは今まさに渾身の命乞いをしようと思っていたが、先手を打たれたことで口をつぐんで歯ぎしりをする。

 相手の隙を突こうと表情を窺うが、目の前にいる少年の目を見ると小細工は一切効かないと思わされるのであった。


(何ダ、コイツハ!? コイツノ目ニハ迷イガナイ。マルデ歴戦ノ戦士ノヨウナ――ドウシテコンナ小僧ガ!? クソッ、コウナッタラ!)


 うずくまったまま動かないゴブリンキングの行動を訝しみながらも、アラタはミスリル製の両刃の剣――バルザークを携える。

 匠の腕で鍛え上げられた刀身が月光を反射して輝いている。

 アラタがバルザークで斬りつけようとすると、ゴブリンキングを囲むように地面に巨大な魔法陣が出現した。

 暗闇が支配する夜の森の中で紫色に光る魔法陣から巨大な鎌を持った黒装束の存在が姿を現す。

 脚は存在せず宙に浮くその者が顔を上げると、それは人の頭蓋骨そのものであり眼窩には赤い光が灯っている。

 その姿はまさに死神のイメージそのものであり、後ろにいるゴブリンキングがうずくまる姿勢から顔を上げると獰猛な笑みを浮かべていた。


「ギャギャギャギャギャ!! エラソーニシヤガッテ、コノクサレ小僧ガ!! ソノムカツク面ヲコレカラテメーノ血デ赤ク染メ上ゲテヤル!! ヤレ! デスサイズ!!」


 その死神の姿をした存在は闇の眷属デスサイズである。

 闇の魔術にて召喚される眷属の中では上級に位置する存在であり、その姿を見た者は命を刈り取られるという逸話がある。

 ゴブリンキングから命令を受けたデスサイズは骸骨であるため表情こそ変わらないものの、偉そうに指示する小鬼に鋭い眼光を向ける。


『小鬼風情が我に偉そうに指図をするな! 分をわきまえろ!』


 その気迫にゴブリンキングは怯え、全身が震えるのだった。その姿に満足したのか、デスサイズは「ふん!」と鼻を鳴らして黒ずくめの少年を正面に見据えた。


『まぁ、貴様と契約を交わした以上指示通りに動いてはやろう。小僧、そう言うわけだ。その命我がもらい受ける』


 デスサイズが巨大な死神の鎌をアラタに向けると、当の本人は指先で頭をぽりぽり掻いていた。

 その緊張感のない姿にデスサイズは憤りを露わにする。


『貴様……分かっているのか? これから貴様は命を奪われるのだぞ? 恐ろしくはないのか!?』


 一方、アラタは余裕の姿勢を崩さず敵を煽るのであった。


「――別に。そうカリカリするなよ。カルシウムが足りてないんじゃないの? 牛乳飲んでる?」


『我は契約者の魔力で顕現している。そのような非効率的な生命力の補充は必要ない』


「そうかい。それじゃ、足りてないのはカルシウムじゃなくてお前を呼び出したヤツの魔力ってとこか」


 アラタが笑いながら言うとゴブリンキングが頭に青筋を立てながら怒りで全身を震わせていた。


「コノ――クソガキガ! 殺シテヤル!!」


『さらばだ、小僧!』


 その言葉を皮切りにデスサイズは巨大な鎌に闇の魔力を伝わらせて、アラタに向けて横一文字に斬り払った。

 その闇の斬撃は森の木々を広範囲にわたって斬り倒し、夜の森に騒音を巻き起こした。

 多くの大木が倒れたことで土煙や大量の葉が舞い散る中、標的であった少年はその場に留まっており健在だった。

 深紅の瞳でデスサイズを睨んでおり、この状況にデスサイズが驚きの反応を見せている。


『なっ、何だと!? どうやって躱したのだ!?』


「普通にジャンプして避けて、元の位置に戻って来ただけだよ。ところでデスサイズ、もう少し契約者は選んだ方がいいと思うよ」


『………………』


「ドウイウ意味ダ!?」


 アラタの挑発にゴブリンキングが乗ってくる。今だに頭に青筋を断たせており目も血走っている。

 敵の反応を見ながら、アラタが口を開いた。


「本来闇の魔術デスサイズは、召喚の際その力を死神の鎌に集約して契約者がそれを武器として戦うっていうのが正しいやり方なんだよ。今みたいに本体に戦わせるような方法では、本来の半分も力が出ない――つまりはゴブリンキング、お前は闇の魔術の使い手としては三流ってことさ。お前の魔力ではデスサイズの力をコントロールしきれていない証拠だからな」


 アラタの煽りにゴブリンキングはさらに怒りを強めるが、図星なのかぐうの音も出なかった。

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