第24話 VSゴブリン連合 本戦②

 アンジェとトリーシャは、二人で背中を向かい合わせにして敵集団の中で踊るようにしながらゴブリンたちをなぎ倒していた。

 トリーシャは槍の穂先に風を纏わせ敵を薙ぎ払っていく。

 槍の攻撃範囲から離れている者も見えない刃に斬り刻まれていき、ゴブリンたちは何が起きているのか分からないまま蹂躙されていった。


「少し離れた程度じゃ私の槍からは逃げられないわよ。風のエンチャントで威力も攻撃範囲も強化されているんだから!」

 

 トリーシャは目をぎらつかせながら容赦なく敵を斬りつけ、突き刺し、吹き飛ばす。

 敵を無双する現状にルナールの闘争本能が刺激されてか頬が紅潮し、艶やかな表情を見せていた。


「さあ、かかってきなさい! いくらでも相手をしてあげる! ふふふふふふふふ!!」


 やや暴走気味になっているトリーシャを見やりながら、アンジェは両手に発生させた水の刃――ヴォーパルソードで踊り子のような剣舞を披露していた。

 複数の敵が一気に襲いかかって来ればコマのようにクルクル回転して全方位に攻撃を行う。

 敵が距離を取れば回転攻撃を終了させて片方の手を向ける。

 ヴォーパルソードを形成していた高圧の水が分散し、一瞬で細かい水のつぶてへと変化した。

 

「行きなさい。レインショット!」


 無数の水の礫が敵の身体を次々と撃ち抜いていき、攻撃範囲内にいた者は地面に倒れ再び動き出すことはなかった。


「これで倒したのは半数といったところですか。この調子であれば暗くなる頃には決着がつきそうですね」

 

 最初こそ二人の極上の娘がテリトリーに入ってきたと、ニヤつき涎を垂らしながら襲い掛かって来たゴブリンたちであったが、彼女たちに指一本触れることも出来ず次々に返り討ちに遭っていく。

 雄しかいないゴブリンやオークにとって他種族の女性は子孫を残す上で必要不可欠な存在であり、本能的に彼女たちを孕ませようとする。

 だが、今目の前にいる女性二人は彼らのそんな本能に裏打ちされた行動を許すことはなかった。

 逆に彼らの別の本能を刺激し始めていた。

 ――生存本能。ゴブリンのみではない、生きとし生ける者全てに備わっているであろう「生きたい」という何よりも強い本能である。

 次々に絶命していく同族を前にして、ゴブリンたちは「性欲」と「生存欲」という二つの強い欲求の板挟みになり混乱していた。

 

 このような状況を引き起こした原因はもう一つある。それはゴブリンキングの存在だ。

 通常、このような敗色濃厚の状況になれば、ゴブリンたちはとっとと逃げの選択をする。

 だが、現在彼らはゴブリンキングの指揮下にあり敵前逃亡は死を意味するのだ。

 逃げたりすればゴブリンキングの魔術によって殺されることは明白だ。実際、そのようにして多くのゴブリンが見せしめとして殺害されたのである。

 戦っても死、逃げても死、逃れられない死の包囲網の中で、銀色と金色の髪をたなびかせる二人の死の女神によって彼らは終わりを迎える。

 ――もっとも、そのうちの一人は本物の女神なのだが彼らがその事実を知る術はない。


 魔王軍の圧倒的優勢で経過していく戦いであったが、数が多いゴブリン連合相手に戦闘は長期化し空を夕闇が支配し始めていた。

 ゴブリン連合の数は最初の2割以下にまで減少しており、組織としては既に瓦解したと言っていい。

 つまりゴブリン連合は完全に崩壊したのである。

 それでもゴブリンキングによる恐怖政治に染められたゴブリンたちは逃げることも出来ず、圧倒的な実力を誇る魔王軍に突撃し返り討ちに遭っていく。

 その状況を報告しに来た配下がゴブリンキングの待機場所へとやって来たが、そこは既にもぬけの殻だった。

 残っていたのはゴブリンキングが愛用していた他種族の骨で作られた悪趣味な玉座のみであった。


 それから少し時間が経過したニーベルンゲン大森林の奥地。

 既に夜のとばりが下り、周囲が暗くなった中を必死に走る小柄な者がいた。  

 首や手首にはドクロの装飾品を身に付け、身体を覆うフード付きのマントを羽織っている。

 頭に深く被ったフードの奥では黄色いギョロ目が怪しく光っていた。その者は大森林の奥へ向かって、ひたすらけもの道を走っていく。


「チクショウ! コンナハズデハ! イッタイアイツラハ何者ナンダ!? タッタ六人デ俺様ノ軍勢ヲ潰ストハ、――アイツラハ化物ダ!」


 悔しそうな声を上げて走っていると、何かにつまづき思い切り転んでしまう。

 身体を起こして足に引っかかった物を見てみると、そこには植物のツタを幾重にも結んで強度を上げたトラップが設置してあった。

 自然に発生したものではない、明らかに人の手による罠の存在に小柄の男はギョッとした。


「いくら夜目が利くと言っても、けもの道をそんな全速力で走っていたら危ないよ。ちゃんと足元に注意してないから、そうやって誰かが作った安易な仕掛けにつまづくんだよ。――もっとも、お前がつまづいたのはもっと大きな問題だけどな」


「誰ダ!?」


 その時、分厚い雲から姿を現した月が地上を照らし始める。転んだ拍子にフードがずれて頭部が露わになった小柄の男はゴブリンだった。

 歪な形をした王冠のような物を被っており、月光に反射してキラキラ光っている。

そのゴブリンを木陰から二つの赤い光がジッと見つめていた。


「マサカ、アイツラの仲間カ!? ドウシテコンナ所ニイル!?」


 王冠を被ったゴブリンの問いに赤い光が答えた。


「さっきの戦いに俺は加わっていなかったからね。ゴブリン連合については仲間たちに任せて、俺は標的を一つに絞ったんだよ。その標的が動き出したから、それを追って追い越して現在に至るって感じかな」


 その言葉を聞いてゴブリンは悔しそうな表情を見せる。


「オ前ノ狙イハ最初カラ俺様ダッタトイウコトカ!?」


「俺様って、どこぞのガキ大将かよ。まあ、あんな岩場を支配して息巻いてるようなヤツは、空き地のガキ大将とそんなに大差ないけどな。劇場版のガキ大将は、すごく優しくていいヤツだから個人的に俺は大好きだけど」


「何ノ話ダ!?」


「お前には説明しても分からないよ。教えてあげない。それよりも、随分酷い話だな。お前のために必死に戦った仲間たちを見捨てて、自分一人だけ逃げだすなんて。お前がいなくなったゴブリン連合は完全に指揮系統が麻痺してボロボロに崩れ去ったみたいだぞ」


 王冠を被ったゴブリン――ゴブリンキングは笑みを浮かべながら得意そうに話し始める。


「仲間ダト? アンナ低脳ナヤツラガ!? 笑ワセルナ! アイツラハ俺様ニトッテ道具デシカナイ! 何人死ンダトコロデ関係ナイ。全滅スレバ、マタ別ノ集落ヲシハイシテ新タナ軍勢ヲ用意スルダケダ!」


 ゴブリンキングの言葉を聞いて赤い光は二つとも細くなり、冷たい視線を相手に向けていた。

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