第18話 パイストラッシュ

 ギルド協会から預かったバッグ型魔道具は、ショルダーバッグの形状をしており、セレーネが斜めがけをして持ち運びを担当している。

 町中まちなかを歩いていると、すれ違う男性の多くがセレーネの方を振り向いていた。二度見をする者も少なくない。

 アラタが不思議に思いセレーネを見るとその理由が判明した。


「おおおおっ! バッグの紐がセレーネの胸の谷間に食い込んで……もはや紐が見えない! これはもうパイスラッシュなんて生ぬるいもんじゃない! これは……パイストラッシュだ!!」


 この日から傭兵ギルド『魔王軍』のセレーネに〝パイストラッシュ〟の二つ名が付けられ、ファルナス名物の一つになってしまった。

 

 アラタたちはストレリチア川まで行き、そこから竜化したフランの背に乗って川の上流にある『ニーベルンゲン大森林』に向かった。

 『ニ―ベルンゲン大森林』はレギネア大陸の十分の一を占める広大な森林地帯であり、森の奥には強力な魔物が闊歩している。

 一方、森の入り口付近では一般的な薬草が大量に生育しており、ギルド登録後間もないルーキーたちの姿が多くみられる。

 薬草の生育地からもう少し奥に進むと、ゴブリンやオークといった下級の魔物の巣があるエリアが多数存在している。

 ゴブリン討伐はギルドルーキーである鉄級でも行うことができ、彼らでもゴブリンの巣一つであれば攻略することは可能だ。


 そこにルーキーたちが陥りやすい落とし穴がある。ゴブリン退治に慣れると調子に乗って、より奥地の巣に挑みがちになる。

 すると、近辺にある他の巣のゴブリンやオークの集団が増援に現れ、結果ルーキーたちは多数の敵を一度に相手にしなければならなくなり全滅する。

 そんなギルドの初心者から上級者がこぞって訪れるのがここ『ニーベルンゲン大森林』なのである。



「皆様、本日はフラン航空のご利用まことにありがとうございます。本機フラン号は現在『ファルナス』を出発し、目的地『ニーベルンゲン大森林』に向かって順調に飛行しております。本機はあと十分ほどで目的地に到着いたします」


 ストレリチア川の上空を飛行するフランの背中ではキャビンアテンダントの恰好をしたアンジェが状況説明を行っていた。

 

「ねえアラタちゃん、アンジェちゃんが着ているあの服は何? 見たことがないのだけれど」


 普段のメイド服とは違う露出の少ないきっちりとした服装でありながらも、下はタイトなミニスカートでアンジェのすらりと伸びた脚が強調されるデザインにセレーネは興味津々である。

 通常、CAさんのコスチュームには男性陣が食いつきそうなものであるが、この団体においては女性陣が並々ならぬ興味を抱いていた。

 アラタが現在アンジェが着ている服装について簡単に説明すると、トリーシャとセレーネも着てみたいとのことであった。

 

「あの服かわいい! うちもあれ着てみたいのじゃけど、売っておらんよね?」


 CAコスに興奮したトリーシャは思わずお国言葉に戻っていた。


「そうねぇ、一から作らないとダメよねぇ」


「心配には及びませんよ二人とも。そう言うと思って二人の分も既に用意してあります。胸元のスカーフは色が赤、青、黄色の三種類がありますので好きなのを選んでくださいね」


 いつもながらアンジェの準備の良さに感嘆する一同。その中でも特に喜ぶ魔王が一人。


(二人ともCAコスに興味を持ったようだな……計画通り!)


 アラタはCAコスに身を包み接客をしてくれる女性三名を想像しながらニヤけてしまう。

 セスとロックは嬉しそうなアラタを見て、その欲望に忠実な姿に対しある意味魔王らしさを感じていた。

 その時、「ごくり」と大きく生唾を飲み込む音が響いた。その主が現在皆を背に乗せているフランであるということに間もなく全員が気付く。


「いいか、フラン落ち着け。いつも通りにやれば問題ないんだ。足元に注意して滑らないように気を付けて」


 アラタがフランに着陸時のアドバイスをする。さっきのフランの行動からして、彼が緊張しているのではないかという不安が広がっていく。


「皆様、本機は間もなく目的地に到着いたします。その際大きく揺れますので、投げ出されないようにシートベルトの着用をお願いいたします。また、本機は着陸成功率が五割であり、強行着陸になる恐れがあるためご理解のほどよろしくお願いいたします」


 CAアンジェのお知らせにより、不安が的中し火竜の背ではどよめきが起こる。

 ある者は「シートベルトなんてないじゃないか」と慌てふためき、ある者は成功を祈り両手を組むなど、パニック時において十人十色の反応が見られた。


 そして、数秒後。フラン航空フラン号は着陸時足元を気にするあまり翼を折りたたむのを忘れてしまう。

 その結果、風にあおられて盛大にすっ転び背中にいた乗客たちは派手に外に投げ出されたのであった。

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