第7話 トリーシャは方言娘だった件
アラタはその光景を見て、魔王軍の女性が一人欠けていることに気が付く。周囲を見回すと目的の少女が遠くから自分の方を見ていることに気が付いた。
「トリーシャ、そんな所に一人でどうしたんだ?」
「だって……マスターと会うの久しぶり過ぎて……何だか恥ずかしくて」
そう言いながらもトリーシャのケモミミはペタンと折れ、尻尾は千切れんばかりに左右に振られており、彼女の本心を如実に表していた。
アラタがトリーシャに近づいていくと、距離が縮まるごとに彼女の尻尾のスピードが上がっていく。
互いに触れ合いそうな位置まで来たときには、尻尾は飛行機のプロペラのように目にも留まらない激しい動きを見せていた。
「久しぶり、トリーシャ。この一年で、何か大人っぽくなったな。より美人になってて驚いたよ」
「マスター、ありがとう。うち、マスターとまた会えてすごく嬉しいんじゃ。今も心臓が爆発しそうなぐらいドキドキしとるんじゃよ」
「え? トリーシャ? 喋り方が……」
「マスター、うちな、この一年実家に戻っておかあちゃんに一から稽古をつけてもらったんじゃ。そのついでに、ちょっとメイク術も教えてもらったんじゃよ」
「そ、そうか、メイクしてるのか。だからとても大人っぽくなったんだね。ところでトリーシャ、喋り方が……」
「それと、あまり大きな声では言えんのじゃけんど、他にもおかあちゃんから色々教えてもらったんじゃよ。例えば、夜の営みの時に使えるテクニックとか。楽しみにしててな、マスター?」
「さりげなく、とんでもないことを母親から教えてもらってないか?」
アラタの耳元で囁いた後、トリーシャは彼の顔を上目遣いで見ていた。
一年前にもトリーシャは時々こういうふうにアラタを上目遣いで見ていたが、今やそれは、以前の無邪気な感じではなくどことなく大人の女性の色香を感じさせるものに変わっていた。
「女の人ってホントすごいな。一年で物凄く大人っぽくなるんだから」
「ふふふ、これもおかあちゃんの特訓の成果じゃよ」
「ところで、トリーシャ。お前、本物のトリーシャだよな?」
アラタが放った一言を聞いてトリーシャの目は少しずつ潤み、やがて一筋の涙がこぼれ落ちた。
「どうして、どうしてそんな酷いこと言うん? マスター、この一年でうちのこと忘れてしもうたん!?」
「いや、いや、いや、いや! 忘れたりなんかしないよ! ちゃんと覚えていたじゃんか!」
「それじゃ、何でうちが本物かどうかなんて聞いたんじゃ?」
「だって、喋り方が一年前と違うから」
「しゃべり……かた……?」
その後、十数秒間二人は停止していた。その後、トリーシャが少しずつ再起動を始める。
「喋り方って……うち……うち…………………………!? ひゃああああああああああん!!!」
突如、トリーシャから今まで聞いたことのない絶叫が飛び出した。彼女はその場から駆け出し、少し離れた所に行って小声で何かを呟いていた。
「うち……わたし……おかあちゃん……おかあさん……語尾に『じゃ』はつけない……語尾に『じゃ』はつけない……」
数分後トリーシャは軽くガッツポーズをしながらアラタたちの所へ戻って来た。
「マスター、久しぶりね、元気だった? 一年なんてあっという間だったわね。私は実家でお母さんから槍術の稽古をつけてもらったの。かなりレベルアップしたから、期待しててね!」
「ちょっと待った、トリーシャ。さっきの言葉遣いはいったい――」
「さっきの件? 何のこと? 私がマスターと話すのはこれが一年ぶりよ」
トリーシャは食い気味にアラタの言葉を遮って、やたら笑顔で言い切った。その姿を前にアラタが黙ると、なおも彼女はニコニコ顔を継続している。
「あくまでさっきの件は無かったことにするつもりか。でもな、それを認めることは出来ないな」
「マスター、あまりしつこいと怒るわよ? 世の中には見なかったことや聞かなかったことにしておいた方がいいこともたくさんあるのよ?」
トリーシャは今も笑ってはいるが、その言動には「さっきの言葉遣いの件には、これ以上触れるな!」という固い意思が込められていた。
だが、それでも魔王は諦めない。なぜなら、彼にも引けない理由があったからである。
「トリーシャ、ほんの少しでいい。ちょっとでいいから、さっきの喋り方で話してくれないかな?」
「……どうして、そこまで食い下がるの? 私が嫌がっているの分かるでしょ?」
「どうして嫌がるんだよ? 可愛かったじゃないか!」
「……へ? 可愛い? さっきの喋り方が?」
「そうだよ! あれは良かったわー! 広島弁に近い感じ? 京都弁のはんなりした感じや関西弁の快活な感じもいいけど、さっきのトリーシャの方言は素朴で可愛い感じで、個人的にはどストライクなんだよ!」
ムトウ・アラタはメイド好き、お姉さん好きであると同時に方言娘好きでもあった。
〝メイド〟と〝お姉さん〟については、アンジェとセレーネの存在により満たされていたのだが、ここに来てトリーシャの方言を聞いて長らく封印されていた〝方言娘萌え〟の欲求が強くなってしまったのである。
「さっきの喋り方なんだけどね。実はあれが私の本来の喋り方なの。今まで話していたのは、魔王軍に参加してから矯正したものなの」
「どうしてそんなことしたんだ、勿体ない」
「だって……田舎者扱いされるでしょ? それに、この辺りの人は皆私の故郷のような話し方をする人はいないから目立つし恥ずかしいし」
「恥ずかしい!? そりゃあ、自分の故郷に失礼でしょうが! くっそー、トリーシャがあんな可愛い方言を話すんだと知ってたら、一年前の旅でお願いしていたのに! あ~! あの数ヶ月が勿体ない!!」
髪の毛をかきむしりながら悔しがるアラタの姿を見て、魔王軍全員が引いていた。それでも、当事者であるトリーシャは少しホッとした様子でアラタに近寄って行った。
「あのね、マスター。マスターの気持ちはよく分かるんだけど、それでもやっぱり私は恥ずかしいの。だから、周りに人があまりいない時とか二人だけの時とか、たまになら……ええんじゃよ」
「ありがとうございます!!」
こうして魔王軍は無事に一年ぶりの再会を果たしたのだが、そのほとんどは方言娘萌えによって暴走する魔王の独壇場であった。
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