第8話 魔王軍の精神年齢問題

「しかし驚きましたなぁ、聖山アポロで出会ったフランが魔王殿やアンジェと精霊界で修業していたとは」


「えへへ、もうオイラも魔王軍の立派な一員だよ。よろしくね、皆!」


「しかも、人語をマスターしているとは、たった一年で大したものですね。感心、感心。イフリートの教育の賜物ですね」


 ドラグとセスを中心として新たに魔王軍のメンバーになったフランと親交を深めていた。

 かつて炎の精霊イフリートとの契約のため訪れた聖山アポロにて、短い間ではあったが魔王軍と行動を共にしたフランはあっという間に魔王軍のマスコット的立ち位置を手に入れていた。


「おい、皆そいつをあまり甘やかすなよ。すぐに調子に乗るからな。それにフラン、お前にはまだやらないといけないことがある。それが出来るようにならない限りお前は永遠に魔王軍の研修生扱いだ。分かったな」


「うぐ、分かってるよ~」


「魔王殿、その〝やらなければならないこと〟とはいったい何なのですか?」


「実はね、フランは離陸と飛行はそつなくこなせるようになったんだけど、大体五割の確率で着陸に失敗するんだよ。だから、まずは着陸をちゃんと出来るようにしないといけない。それなのにこいつは、着陸の訓練をさぼって最高速度を叩きだす訓練ばっかりやっていたんだよ」


 アラタがフランを睨むと、後ずさりする火竜の子をセレーネが抱き上げて、そのふわふわなピンク色の体毛を優しく撫で始めていた。


「アラタちゃん、あまりいじめちゃ可哀そうよ」


「いじめてないよ。これから先何が起きるか分からないんだから、今のうちに備えはしておかないといけないだろ? フランはその自覚が足りないから、それを持てって言ってるんだよ」


「はいはい、分かりました。それなら、この子の教育係は私に任せてもらえないかしら? 竜族のことなら元竜族の私の方が詳しいし……どう?」


「そうしてもらえると助かるよ、セレーネ。実は最初からフランのことをセレーネに頼もうと思ってたんだ。俺じゃ、ドラゴンが上手に着陸する時のアドバイスとか出来ないからさ」


「ふふふ、承りました。それじゃよろしくね、フランちゃん。私の訓練は厳しいわよ~、頑張りましょうね」


「うん! オイラ頑張るよ! よろしくね、セレーネ婆ちゃん!」


 その瞬間空気が凍った。全員がセレーネの表情を窺うと、彼女はニコニコ顔を崩さずにおり、それが却って恐怖を煽る。


「フラン、セレーネ殿にそのような……お、おば……など失礼ですぞ」


「え? でも、セレーネ婆ちゃんは、オイラが生まれた時や、オイラの父さんや母さんが生まれた時に手伝いに来てたって聞いたよ。それにオイラからしたら、お爺ちゃん位のドラゴンも『マザー、マザー』って言ってるから、お婆ちゃんだと思ったんだけど……違うの?」


 無邪気とは時に恐ろしいものである。意図せずに爆弾発言をしているのだから周囲はたまったものではない。

 そんな無邪気なドラゴンの側にアンジェがやって来た。


「フラン、女性をそんな風に呼んではいけませんよ。確かにセレーネは御年おんとし千二百歳の高齢のドラゴンですが、現在は人間に転生して二十歳前後のピチピチギャルです。精神年齢は千二百ですが、それでも肉体は若者。ですから、せめてセレーネお姉さんと呼んであげてください」


「ちょっと待って、アンジェちゃん。今、どうして私の精神年齢を二回も言ったの?」


「重要な部分だからです」


「それを言ったら、アンジェちゃんなんて精神年齢は少なくとも一万歳以上いってるでしょ? 私なんかよりも大先輩じゃない! フランちゃん、アンジェちゃんのことは今日からアンジェ大先輩って呼ぶのよ!」


「それは聞き捨てなりませんね。私が自我に目覚めたのは、およそ五千年前です。ですので私の精神年齢は多く見積もっても五千歳です!」


「千二百にしろ五千にしろ、五十歩百歩だろ? 俺たちからすればあまり変わらないし、そんなに怒ることじゃないのでは?」


「「女にとって年齢問題は大切なの! 精神年齢が千歳なのに、そんなのも分からないの!? この朴念仁!!」」


 余計なことを言った精神年齢千歳の魔王は女神と黒竜からお叱りを受け、彼女たちの怒りは彼へと集中し最終的に魔王は少し涙ぐんでいた。

 

「コエーよ。女神とブラックドラゴンの二強から集中して叩かれるなんて、こんなのあんまりだよ」


「魔王様、だから言ったじゃないですか。女性に対して軽率な発言をすると集中攻撃の標的になるって」


「セス、俺もう女の人に余計なこと言わないようにする」


「それが懸命だと思います」


 この日、魔王は少しだけ賢くなったが、女性相手に沈黙を守り続けると結局怒られるということに気が付くのは、そう遠くない未来である。

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