第2話 精霊王はスライムだった件

「この一年で二人ともかなり成長したからね。十司祭にも引けを取らないんじゃない?」


「マクスウェル、一年前に戦ったレベルの連中なら問題なく対応できると思う。でも、奴らの厄介なところはベルゼルファーの復活度合いに応じて神性魔術が強化される点だ。神魔戦争の時もそれに苦しめられたからな」


「そういや、そうだったね。でも、それに対抗して君たちも僕たち精霊と契約して強くなれる。恐れることはないさ」


「ああ、その点は俺も心配していないよ。何てったって俺が契約したのは精霊王マクスウェルなんだからさ」


 アラタの目の前で「えっへん」と言っているのは全身水色のスライムだった。サッカーボールほどの大きさで、ぽよんぽよん跳びはねて移動している。

 彼こそ、全精霊の頂点にして精霊の王マクスウェル。アラタと契約を済ませ、そのチート級の能力に驚かされるばかりだ。

 その内容は、契約者のあらゆる能力の向上、さらにマナを常時回復させるというものだ。この恩恵により、理論上無限に魔力を使うことが可能になるのだ。


「さてと、そろそろ時間だな。アンジェ、フラン準備はいいか?」


「はい、準備はできています。いつでも受け入れ可能です。さあ、どうぞいらしてください」


「フランはどうだ?」


「オイラは大丈夫だよ」


 メイドのボケを軽くスルーする魔王の図。最近アラタはスルースキルを鍛えていた。一方、完全に無視されたメイドはと言うと。


「くふっ! こういうのも悪くありませんね。むしろ、いい……かも」


 ドMメイドとして着実に開花しつつあった。


「おーい、ちょっと待ってくれー!」


 広間に急いでやってきたのは、全身赤い肌をした筋骨隆々の火の精霊〝ヘパイストス〟だ。


「あら、ヘパイストスじゃないですか、お見送りに来てくれたのですか?」


「おお、アンネ……じゃなかったアンジェリカ様。忘れ物ですよ。そこのバカ魔王、俺に大事なものを預けていたのにコロッと忘れて現世に帰ろうとしているんです」


「あっ、もしかして例のやつもう完成したの? ありがとう、ヘパイストス!」


 笑って近づいてくるアラタにヘパイストスは怒り心頭だ。ただでさえ真っ赤な身体がさらに赤くなりマグマのような熱を発している。


「このバカタレが! ギリギリになってこんなもんよこしやがって! おかげでこっちは徹夜だったんだぞ! ほれ!」


 ヘパイストスは手に持っていた布で巻かれたものを投げ、アラタはそれをキャッチする。


「中身見ていい?」


「むしろ見ろ! 驚くぞ!」


 ぐるぐる巻きになっている布を解いていくと中から一本の剣が姿を現した。金色の鍔の中央にはエメラルドのような魔石がはめ込まれ、刀身は鏡のようにアラタの顔を映し神々しいオーラを纏っている。


「お前が持ってきたミスリルを使って鍛え直したバルザークだ。以前よりも強度、魔力伝達率、攻撃力、どれを取っても格段にレベルアップしてある」


「…………いいね、すごくいい! この手に馴染む感じ、それに……!」


 アラタが魔力を込めてバルザークを一振りすると、地面に鋭い切れ込みができていた。


「魔力の指向性がめちゃくちゃ上がっている。以前とは段違いの切れ味だ」


「だろう? いい素材だったから久しぶりに腕がなったぜ! これだけ武器作りに集中したのは、アンチゴッドウェポンを作った時以来だ」


「オリハルコンがあれば、あれに近い武器を作ってもらったんだけどなぁ。さすがにあんな希少金属は中々手に入らないんだよね」


「やめておけ。オリハルコンがあったとしても、それに相応しい核がなければ結局はアンチゴッドウェポンの劣化品が出来るだけだ。俺はそんなもん作る気にはなれん」


 アンチゴッドウェポン。それは千年前の神魔戦争時に同盟軍によって作られた対ベルゼルファー用の五つの武器だ。

 魔王グラン専用の魔剣グランソラスもそのうちの一つであり、ベルゼルファーとの最終決戦時に機能を停止し所在不明となった。

 残りの四つの武器も戦後行方が分からなくなっていることから、別名ロストウェポンとも呼ばれている。


「グランソラスほどではないが、その剣も中々良い出来だろ? 当面はそれで問題なくいけるはずだ」


「ありがとう、ヘパイストス。大事に使わせてもらうよ」


「ああ? 武器を大事に使ってどうすんだ! 遠慮せずガンガン使っていけ! それとな、戦いが本格的に始まる前に武器の手入れをしてくれる鍛冶屋を探せ。そのバルザークの価値が分かるヤツなら腕のいい鍛冶屋だから、そいつに任せな」


「分かった。向こうに帰って落ち着いたら探してみるよ」


 アラタはバルザークをしまって、マクスウェルのもとへ向かった。そろそろソルシエルに帰る頃合いだ。


「よーし、それじゃあ、現世へのトンネルを開くよー」


 マクスウェルが声高らかに、現世へ戻る回廊を開く。精霊界に来た時と同様に、道はどこまでも続いており奥が見えない。


「ありがとう、マクスウェル! ありがとう精霊の皆! 一年間お世話になりました!」


「皆、一年間ありがとう。今後の戦いでも皆の力を当てにしています。よろしくお願いしますね」


「じゃあねー、皆バイバイ! オイラ頑張るよ!」


 かくして、アラタ、アンジェ、フランの三名は精霊界での修行を終え、現世であるソルシエルへと帰っていった。

 そして、止まっていた物語の歯車が再び動き始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る