第2部

第1話 精霊界にて

 アラタたち魔王軍が解散してから一年の月日が流れていた。ここは精霊たちが住まう世界である精霊界。

 空は常に虹色に染まり、その輝きを失うことはない。現世とは違い昼や夜の概念がないのだ。

 それでも精霊たちは現世で生きる者たちに合わせて活動しているため、現世の夜間にあたる時間帯は精霊も休息を取っている。

 時間にして夕方五時から翌朝の八時は精霊界に留まり、それ以外の時間は現世であるソルシエルの自然環境の調整を行っている。

 ある意味、社会人のような生活を送っているのだ。


 その分かり易い一例として水の精霊ウンディーネの一日を簡単に説明しようと思う。

 彼女は一般的に清楚でお淑やかなイメージで通っているため、ソルシエルにいる時にはそのイメージを崩さないように演じている。

 本来ちゃらんぽらんな性格をしている彼女にとって、女優として活動する日中は相当疲れるらしく、精霊界に戻ってきた時は自分の家の玄関に倒れ込み「疲れた……癒しが欲しい……」と、涙を流しているとかいないとか。


 厳しい社会人生活を送るキャリアウーマンのようなウンディーネにとって、現在の精霊界は癒しの場所ではない。

 精霊たちの統括者である豊穣の女神アンネローゼが人間に転生した女性、アンジェリカが修行のため魔王と共に一年間ここで生活をしているのだ。

 アンジェと契約をしているウンディーネは彼女の修行に付き合わされ、この一年間へとへとになっていた。

 だが、それも今日までの話。アンジェたちは修行を終え、今日ソルシエルに戻る。


「これで、やっとゆっくり休めるわー。ソルシエルの水環境のことは他の水の精霊たちに任せて数日間バカンスにでも行こうかしら? でも家でだらだら過ごすのも捨てがたいわねー。あ、いけない! そろそろ時間ね。広間に行かないと!」

 

 ウンディーネは、にやける顔を何とか普段の状態に戻しながら近くにある広間に向かう。

 そこから魔王アラタとアンジェ、そしてここで彼らと行動を共にしていたブレイズドラゴンのフランがソルシエルに帰るのだ。


 広間にはたくさんの精霊たちが集まっていた。かつて彼らと五百年に渡り親交を深めていた魔王グラン。

 彼の生まれ変わりであるアラタと女神アンネローゼの転生者であるアンジェが、一年の修行を終えてソルシエルに帰るのだ。

 精霊と親交の深い二人が精霊界に来た時も皆盛り上がっていたが、このお別れ会においても快く二人、そしてもう一名の来訪者であるフランを送り出すためにどんちゃん騒ぎをしていた。

 このフランは、アラタたちが炎の精霊イフリートと契約をするために訪れた聖山アポロにて、魔物エンザウラーに襲われていたブレイズドラゴンの子供である。

 あの時アラタたちに助けられ、イフリートとの契約が完了した彼らと別れた後、フランはいつか魔王軍に参加するために精霊界で修業していた。

 フランをここに連れてきたのはイフリートで、フランの覚悟をくみ取り彼の両親とも話し合いをした後、後見人としてここでフランの世話役を買って出た。

 竜族は精霊と同様に大気中のマナを糧としており、マナの濃度が高い精霊界は言わば高カロリーの食糧庫と言える。

 ここで生活をするだけで、竜族は急激な成長を遂げることが可能なのだ。それに加えて、精霊界は現世であるソルシエルよりも過酷な自然環境を有している。

 そこで飛行訓練など、ドラゴンに必要な訓練を積み、イフリートから人間の言語を学びフランはアラタたちと会話をすることができるようになっていた。


一年前、アラタとアンジェが精霊界に来た時、フランは彼らと再会する。その後、魔王軍参加の意思をアラタに伝え、何とか参加を認めてもらえたのだ。


「あの時のアラタは、ホントに酷かったよね。オイラがどんなに頼んでも魔王軍に入れてくれようとしないんだもの!」


「当たり前だろ! お前はまだ子供なんだぞ! これから戦いはどんどん厳しくなるっていうのに、戦場に子供を連れて行けるわけないだろ。今回は本当に特別なんだからな。そこんとこちゃんと覚えておけよ、フラン」


「分かってるよ。オイラだってもう魔王軍の一員なんだよ? 大船に乗ったつもりでいてよ」


「全く、調子がいいんだからなぁ」


 アラタの注意に明るく対応するフラン。二人のやり取りはコントのようであり、周囲の精霊たちは笑っている。


「フランに気が付いたら皆も喜ぶでしょうね。特にドラグはあの時、人一倍別れを惜しんでいましたから、すごく喜びますよ」


「そうだな、それにセレーネも喜ぶんじゃないかな? 元同族の仲間がいれば楽しいだろうし」


「そうですね」


 もうすぐ一年ぶりに仲間と会えるとあって、アラタとアンジェの表情は明るい。破神教との戦いに備えて必死で修業に打ち込むこと一年、長いようで短いような期間はとうとう終わりを迎える。

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