第265話 別れの足音
「とんでもない威力だね。これが女神様の力って事かね」
「ええ、本当にすごい。段違い……いえ、桁違いの力だわ」
エルダーとコーデリアは、湖底まで
「アンジェ、ウェパルは死んだのか?」
「深手は与えましたが逃げられました。追撃は不可能でしょうね」
「そうか、ありがとなアンジェ。おかげで皆助かった」
アンジェが振り返ると、誰一人欠ける事無く激戦を潜り抜けた仲間達の姿があった。その光景を目の当たりにして、女神は胸が熱くなるのを感じた。
「アラタ様、皆様……痛み入ります」
その後役目を終えたリヴァイアサンはアラタに「いつか沈める」と捨て台詞をいって消え、アンジェは
こうして、魔王アラタの解呪の儀で始まったアクアヴェイル湖面上の戦いは幕を閉じたのである。
戦いを終えたアラタ達は湖から陸に上がり、ロック達と合流した。
「アラタ、アンジェ、すごい戦いだったな。バルザスも驚いてたよ……早く、会ってやってくれ」
ロックに通され、その先を見るとバルザスはトリーシャに膝枕をしてもらっていた。
「マスター、皆……良かった……早くバルザスに声を掛けてあげて」
バルザスの顔は真っ青になっており、身体は微動だにしない。アラタはバルザスの
「バルザス、俺の声聞こえる?」
バルザスはゆっくり目を開け、アラタとアンジェを見ると微笑んでいた。
「魔王様……アンネローゼ様……戦いお見事でした」
老兵の声は覇気がなく今にも消え入りそうだ。彼の弱り切った声を聞き魔王軍の若者達は目に涙を浮かべる。
「バルザス、ありがとう。お前のおかげで俺は再び魔力を自由に使えるようになったよ。それに、かつての記憶も戻った。全部、魔王軍を再興してくれたバルザスのおかげだよ」
「ありがとうございます、魔王様。その言葉嬉しく思います。これでもう何も思い残すことはありません」
「そんなことないだろ? まだまだ言い足りないって顔してるぞ」
アラタが指摘すると、バルザスは少し考え込みながらか細い声を出す。
「……そうですね。本音を言えば、この先の魔王軍がとても心配です。何分皆若いですから、私がいなくなってもちゃんとやっていけるのか……それが本当に気がかりです。実は他にも色々――」
アラタはバルザスが語る心配事を聞きながら相槌を打つ。その周囲にいる魔王軍の面々は、目からとめどなく溢れ出てくる熱いものを抑えることが出来ずに立ちすくんでいた。
「なんて言うか、かつての魔王としての記憶が甦って雰囲気が変わったな、あいつ。前はもっと情に厚かったのに、今は一滴の涙も流してない。こんな事言いたくはないけど、随分冷たくなったような気がする」
「ジャック、お前さんもまだまだ表面的なもんしか見えていないね」
「何だよエルダー、何が言いたいんだよ」
エルダーの言いたいことがよく分からず、ジャックは少し苛立つ。その怒りは、瀕死の仲間がいるにも関わらず涙の一つも見せない魔王に対するものでもあった。
「ジャック、バルザスは間もなく死ぬ。そんなあいつの身になって考えたら、とても心配にならないかい? 今の魔王軍はバルザスが先導者となって引っ張ってきた。この旅で成長したと言っても、魔王軍は若者達ばかりだ。自分がいなくなった後の事を考えたら心配でたまらないだろう。今こうして泣きじゃくっている仲間の様子を見たらなおさらだ。あの若者は、そんなバルザスの気持ちを汲んでやっているんだよ」
エルダーの言葉を聞いてジャックが再びアラタを見ると、先程は気付かなかった彼の心情が見えてくる。
バルザスの遺言をアラタは微笑みながら聞いている。だが、時折バルザスに見えないようにしながら歯を食いしばっていた。
気を緩めれば、何とか抑えている感情が一気に溢れ出てくる。それを必死に我慢する少年がそこにいた。
ジャックはその事実に気が付き、声を失ってしまう。
「あ……ああ……」
「気が付いたかい、ジャック? 彼は仲間の死を目の前にして平然といられるような冷血漢じゃないよ。むしろ、死にゆく仲間の気持ちを思い、不安を残さず逝けるように必死に考えている。そのために自分の感情は二の次にしてるのさ」
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