第264話 水の守護獣リヴァイアサン

「元の姿になっても中身はまんまだな、アンジェ……それにしても、懐かしい名前を聞いたよ。アスモダイ――神魔戦争時の敵組織セラフィムの総帥にして、ベルゼルファーの仮初かりそめの肉体を用意した男だ。奴も生き残っていたんだな」


「くっ!」


 自らの失態で自分達の総大将の名を口にしてしまったウェパルは、苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「知将アスモダイ……その名前には聞き覚えがあります。魔王様の伝記『魔王物語』に出てくるセラフィムのリーダーの男ですよね? しかし、1000年もの時を生きているという事はいったい……」


「セス……アスモダイは現世の者じゃない。ベルゼルファーに作り出された神の守護者の一人だ。神魔戦争の終盤は受肉したベルゼルファーと四人の守護者との戦いが主だったんだが、こいつらがとにかく段違いに強かった。今も思い出すだけでゾッとするよ」


 当時の最終局面を語るアラタから冷汗が流れ落ちる。魔王の様子から神の守護者と称される連中がとんでもない化け物であると事が示唆される。


「アスモダイは頭が切れる奴だったから、この1000年で相当な下準備をしたはずだ。ったく、厄介な奴が生き残っていたもんだ。だからこそ、今度は確実に仕留めないとな!」


「アスモダイ様には、手を出させませんわ!」


 ウェパルが瞬時に魔法陣を展開させる。その早業に皆の対応が間に合わない中、魔力が充填される前に魔法陣は切り裂き破壊された。

 

「な、なんですって!?」


「さっきは後れを取ったけど、今度はそうはいかない。俺の目が黒いうちは、この距離で魔術なんて使わせない! それでもやるってんなら!!」


「アラタ様、ナイスアシストです。後は私に任せてください。――大海を支配する王の法にて秩序を乱す愚者を沈めん……リヴァイアサン!!」


 アンジェの詠唱によって湖に魔法陣が浮かび上がり水色の光が放たれると、その直後なにか巨大な存在が水中でうごめき始めていた。

 それはアンジェ達の周囲をぐるりと一回りすると、彼らの近くの湖面から姿を現す。


「なんだこいつは! 巨大な……水の蛇……か?」


「我をそのようなものと一緒くたにするな! 我は豊穣の女神の守護獣にして大海の王リヴァイアサンぞ!」


「喋った!?」


 アンジェの傍らまで来た巨大な水の蛇は雄雄しく、その存在感にセス達は圧倒された。


「この子は私の守護獣リヴァイアサンです。噛まないですから大丈夫ですよ」


 アンジェはリヴァイアサンの頬を撫でると、水の蛇は目を瞑ってその温もりを享受し心地よさそうにしている。


「守護獣というより、もはやペットだな」


「魔王、貴様また我を愛玩動物呼ばわりするか! 主様の命令がなければ海の底に沈めてくれるものを……!」


「お前の相手は俺じゃなくてあっち! さっさと決めてくれよ、蛇の王様」


「……いつか沈める!」


 アラタに宣戦布告をほのめかしながら、大海の王は敵を見定める。相手が人魚一名だと知ると明らかにやる気をなくす。


「主様、まさかとは思いますが標的はあの小娘一人だけですか?」


「ええ、そうです。見た目に惑わされていると痛い目に遭いますよ。彼女はベルゼルファーの眷属になった女性で、メイルシュトロームも扱えます。私達も危うい状況に追い込まれたほどの実力者です。リヴァ、あなたの最大の一撃で決めますよ」


「成程、それは危険な相手でしたな。――であれば!!」


 リヴァイアサン周囲の湖面から、十個ほどの水球が浮かび上がる。それらは、巨大な水の蛇の前方に移動し停止する。


「何をする気か知りませんが、この絶対防御を破ることは出来ませんわ! アクアジェイル!」


 水系上級捕縛魔術〝アクアジェイル〟。本来は、強靭な水製のツタで敵をがんじがらめにして行動不能にする魔術である。

 だが、このツタを幾重にも織り込んでいく事で、強力な水の盾と化す。


「ほう、面白い。ならば、これに耐えられるか?」


 リヴァイアサンの周囲に浮かぶ水球の群れが魔力を帯びて光り輝き始める。アンジェは「標的はそこだ」と言うように右手をウェパルにかざし、大海の王は主の示す標的に狙いを定める。


「「ハイドロネプテューネ!!」」


 アンジェとリヴァイアサンの叫びに応じ、水の球から強力な水圧の砲撃が発射された。

 約十発のハイドロプレッシャーの一斉射がウェパルの盾に直撃し、それごとウェパルを飲み込み湖の一部をえぐり吹き飛ばした。

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