第260話 水の神性魔術メイルシュトローム

 破壊神の呪いが解けた魔王の変容ぶりに、スヴェンは恐ろしさと頼もしさを感じていた。


(正直ここまで凄いとは思わなかった。もしも、こいつが敵に回ったとしたら脅威だ。けど味方として同じ側にいる今、これ以上ない頼もしさを感じる)


 アラタは、自分の傍らにいるもう1人の女性に目を向ける。


「こっちを見て、どうかしたのアラタちゃん? 何か気になる事でも?」


「あ……いや、何でもない」


(アルバの事を思い出した今、あいつの姉であるセレーネには、あいつの最期の時の話をしないとな……)


 雌ダッゴンを一撃で完全消滅させた魔王の到着により、戦況は魔王軍側が優位に立つと思いきや海の民ディープの姫はたじろぐ素振りすらない。

 そこに不気味さを感じながら、アラタは人魚姿の少女に剣を構える。


「こっちとしては、1人の相手を集団でボコボコにするのは性に合わない。出来る事なら、あそこのデカブツと一緒に家に帰ることを勧めるけど、どうする?」


「あら、魔王というからもっと残忍な性格をしているかと思ったのですが、意外と優しいんですのね。でも、そんな気遣いは無用ですわ。むしろ、自分達がどれ程危険な状況にあるのか考えた方が良いのではなくて?」


 自信満々のウェパルに、アラタ達は警戒心を最大にする。彼女がこの不利な状況を覆す何かを企んでいるのは明白だ。


「あなた方が、このような場所……湖の上で戦い始めた瞬間にあたくしの勝利は確定していたのですわ。それに、既に術式は完成し伏せておきましたから、いつでも発動可能でしたのよ。後は、より多くの獲物がかかるのを待っていたのです」


 突如、湖全体に及ぶ魔法陣が展開され、水色の光を発していた。それはいつでも魔術の発動が可能である事を表している。


「これは……!! いけない! 全員この湖から離れてください! 敵の神性魔術が来ます!!」


 足元で淡い光が放たれる中、いち早く危険を察知したアンジェが警鐘をならす。それに応じ全員ウェパルから全速力で距離を取り始める。

 

「もう遅いですわ! この魔術の効果範囲はこの湖全体。到底逃げられませんわ! ――破壊の神の御手による神罰の潮流にて万物を深淵に帰せ……メイルシュトローム!」


 湖全体が光を放った後、湖の中心部を軸にして巨大な渦潮が発生した。渦の流れは最初こそ緩やかであったが、その勢いは急激に強くなっていき、湖のあらゆるものを渦の中心に引き込んでいく。

 

「まずい! 全員エアリアルで空に退避しろ!」


 空中であれば渦潮の影響は受けないといち早く気が付いたセスが全員に指示を出す。

 雄ダッゴンにファイアーボールの弾幕による目くらましをかけた後、その隙を突いてセス達は急いで空へ逃げる。

 ウェパルの近くにいたアラタ達も、渦の中心部から距離を取る事に成功していた。

 戦場から離れていた所に避難していたトリーシャ達は、既に付近の陸上に逃げおおせていた。

 この場にいた多くの者が、ウェパルの放った神性魔術〝メイルシュトローム〟を回避出来たと思っていた。

 その時、彼らは予想だにしなかった状況に陥る。直接渦の影響がある湖は言うに及ばず、渦潮の周辺に存在するもの全てが渦の中心部に吸い寄せられているのだ。

 それは空中に逃げた魔王軍並びにスヴェン達も例外ではなく、徐々に渦の中心に向かって引っ張られていく。

 湖面上から脱出していたトリーシャ達はその効果範囲から逃れたが、彼女達の目には渦に飲み込まれようとしている仲間達の姿があった。


「そ、そんな! マスター! 皆!」


「くそっ! なんてこった! トリーシャ、行くぞっ!」


「待ちなさい、2人とも!」


 仲間達を救出しようと再び湖に向かおうとするトリーシャとロックを、バルザスが引き止める。

 

「行ってはいけない。メイルシュトロームの範囲内にあるものは水中、空中関係なく全て渦の中心に吸い込まれる。今、湖に入ればお前達も渦に飲まれる」


「それじゃ、このまま皆を見殺しにするしかないって事!?」


 トリーシャが泣きそうになりながらバルザスに訴える。そんなルナールの少女の頭に優しく触れながら、バルザスは微笑んでいた。


「大丈夫、心配はない。あそこには魔王様もいるし、それにアンジェもいる。あの2人であれば、この状況を打破できるはずだ。だから、ここで信じて見守りなさい」

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