第259話 水の上級魔術

 雌ダッゴンを一撃で消滅させたアラタの斬光白牙ざんこうびゃくがを目の当たりにして、ウェパルには当初あった余裕の笑みは無く、逆に苦渋の表情を滲ませている。

 そんな彼女に食らいつくメイドが1人いた。水辺の戦いでセレーネ達を圧倒していたウェパルの優位はこのメイドの出現によって崩れ去った。

 互いに水系魔術を扱う者同士ではあったが、神性魔術を使用できる自分に分があるとウェパルは最初考えていた。

 しかし、そんな彼女の予想はメイドとの戦い開始直後、早々に狂う。


「くっ! なんなんですのあなたは!? どうしてメイド風情がこんなに強いんですの!?」


「あまりメイドを甘く見てはいけませんよ。私が所属する〝ゴシック〟のメイドは、ご主人様のために給仕からボディーガードまで全てをこなします。特に魔王専属メイドである私は、激戦に身を置く魔王様をお守りするために様々な訓練をしてきました。この程度で驚かれては困ります」


 アンジェはそう言いながら、両手に水系中級魔術ハイドロソーサーを展開する。高速回転する水の円盤が2枚放たれ、ウェパル目がけて飛んで行く。


「そうはさせませんわ!」


 ウェパル前方の水面で魔法陣が輝き、そこから水のツタが出現しハイドロソーサーをからめとっていく。

 ツタを何本か切り落としたところで水の円盤は力尽き消滅する。


「水系捕縛魔術〝アクアジェイル〟ですか、中々厄介なものを習得しているんですね」


「そういうあなたこそ、ハイドロソーサーを使うという事は、水系魔術のハイドロ3種をマスターしているのかしら?」


「試してみますか?」


 水系魔術の〝ハイドロ〟系統は、その威力により3段階に分かれている。まず下級の〝ハイドロップ〟、中級の〝ハイドロソーサー〟があり、さらに上級魔術の威力はそれまでの2つとは一線を画す威力を持っている。

 アンジェは、前方に出現させた魔法陣に魔力を注ぎ込み、それは水色に光輝く。


「それではリクエストに応えさせていただきます。ハイドロプレッシャー!!」


 アンジェの魔法陣から放たれた超水圧の奔流は、ビーム砲のようにまっすぐ敵に向かって行く。

 アンジェがハイドロプレッシャーを発射したのとほぼ同時にウェパルも展開した魔法陣から魔術を放っていた。


「参りますわよ! ハイドロプレッシャー!!」


 2つの水のビーム砲がぶつかり合い、弾けた水の細かい粒が周囲に飛散し雨のように降り注ぐ。

 その雨に日光が差し込み小さな虹を形成する。虹の下での水系上級魔術の撃ち合いは互いに互角という形で終わった。


「大したものですわ。このあたくしとハイドロプレッシャーの威力が互角だなんて。……でも今のはあなたにとって奥の手であったのではなくて?」


「そうですね。確かに私にとって今のは最大の一手でした。それを無力化されたとあっては、色々と考えなければならないようです」


 ウェパルに再び笑みが戻る。それはまだ彼女により強力な奥の手が残っている事を示唆していた。

 それに気が付いたセレーネ達は身構えるが、アンジェは冷静さを保っている。


「アンジェちゃん、まだ何か手はあるの?」


「はい、あります。ですので、安心してくださいセレーネ。それに、アラタ様達も来てくれました」


 セレーネが振り返ると、雌ダッゴンを倒したアラタ、ドラグ、コーデリア、ジャックの4人がセスの所に来ていた。


「セス、凄いな。たった1人でこんなデカブツを抑えるなんて」


「魔王様! 解呪の儀の成功おめでとうございます。それに、先程もう1体のダッゴンを倒した一撃、お見事でした」


「ああ、ありがとう。皆が踏ん張ってくれたおかげだよ。セス、まだ頑張れそうなら、もう少しだけここでダッゴンの相手を頼めるか? ドラグ達をここに残すから」


「それでしたら何の問題もありません。しばらく持ちます」


 アラタはドラグ達にセスの援護を指示し、アンジェ達の方を見やる。


「あのウェパルとかいう十司祭を倒せば、それで片が付く。俺はアンジェ達と合流して一気に敵を叩く! 皆、ここは頼む!」


「「はっ!」」


 セス達4名に雄ダッゴンの迎撃を支持し、アラタは〝瞬影しゅんえい〟で一気に長距離を移動、アンジェ達に合流した。


「すまない、合流が遅れた」


「いいえ、丁度良いタイミングです」

 

 アンジェは微笑みながらアラタに答えた。

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