第261話 精霊を統べる者①

「こんな、湖全体を巻き込むような大規模な神性魔術をどうこう出来るものなのですか? アンジェリカさんがレベルの高い水系魔術の使い手である事は分かりましたが、それでも相手が悪すぎます」


 シャーリーが不安そうな表情をバルザスに向けている。目の前に広がる、圧倒的とも言うべき神の魔術の力の前では人の力などたかが知れていると思えてしまうのだ。


「確かに、この〝神性魔術〟と言う神の力の前では人は無力に思えるだろう。仮に、この力を我々が使おうとすれば、大きな代償を払わねばならない。それは、シャーリーさん。君もよく分かっている事と思う。君の身体の成長が滞っているのは、その代償によるものと私は思ったのだが?」


「……はい、そうです。私は創生教の治癒術師として14歳の頃から戦に駆り出されていました。その時、ある戦場でたくさんの負傷者が出てどうしようもなくて、その状況を何とかする為に禁止されていた神性魔術〝リザレクション〟を使いました。その結果、私の身体の時間は止まりました。でも、それでも運がいい方だったんです。神性魔術を使えば、最悪自分の命を落とすとまで言われていましたから」


「そうだったのか……。それで、神性魔術を使っても何のペナルティーも受けないのが十司祭って事なのか」


「そうだよ、ロック。ベルゼルファーの眷属となる事で、神の力の一端を授けられた存在――それが十司祭なのだよ。だがね、そのような圧倒的な力に対抗する手段がある。それを今から目にするだろう」


 その頃、メイルシュトロームの中心部に少しずつ吸い込まれつつあったアラタ達の目に恐ろしい光景が飛び込んできた。

 解呪の儀を行った舞台が、渦の力によって粉々に砕けて中心部に飲まれていったのだ。相当の物量があったはずではあったが、舞台の残骸は一瞬で消滅した。


「なんだ、ありゃあ? 渦に飲まれたって状況じゃなかったぞ!? 一瞬で消えたように見えたけど、どうなってんだ!?」


「スヴェン、その見解は当たってるよ。メイルシュトロームの渦の中心部は、ブラックホールのようになっている。あそこに飲まれたら終わりだよ」


「マジかよ!?」


 エルダーは冷静に答え、その絶望的な内容に全員が青ざめる。そんな彼らの視界に、またもや最悪な光景が入ってきた。

 先程までセス達と死闘を繰り広げていた雄ダッゴンが、渦の流れに飲まれ中心部に消えていったのだ。

 

「ダッゴンが一瞬で消滅した。ウェパル……なんて非情な! 共に戦った仲間を何の躊躇ちゅうちょもなく切り捨てるとは!」


 敵とは言え、死闘を繰り広げた相手の哀れな最後にセスは同情を感じ、同時に仲間を見殺しにしたウェパルに憤りを感じていた。その折、当事者であるウェパルが絶叫を上げる。


「ああ、ダッゴンが!! あたくしとした事が、事前にダッゴンを逃がすのを忘れておりましたわ! ダッゴン……ごめんなさい!!」


 ウェパルは泣いていた。その姿を見て、彼女が味方の命を軽んじる者ではないと分かりセスの怒りは治まったが、同時にアホな子のケアレスミスにより命を落としたダッゴンへの同情の念は強くなっていた。


「メイルシュトロームの元凶は渦の中心だ。あそこを何とかすれば、この術は消滅する。俺が渦の中心を斬光白牙で破壊するから、皆はそれまで踏ん張ってくれ!」


 アラタが現状打破の作戦を提示するが、すかさずアンジェが異を唱えた。


「却下です、アラタ様。そのやり方では、アラタ様がある程度メイルシュトロームの中心部に近づかなければなりません。それに、もしも上手くいかなければ問答無用で渦の中心部に飲み込まれます」


「それじゃ、どうするんだよ!」


 その時、アンジェは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりにドヤ顔を披露する。


「アラタ様、私が誰なのかお忘れですか? 水の扱いなら、私は誰にも負けない自信があります」


「あっ! あー、そういやそうでしたね。確かにそうだった。それじゃ、アンジェ……よろしくお願いします」


「承りました。では、もう少々ここで頑張っていてください。すぐに終わらせますので」


 アンジェはそう言うと、激しい潮流の中に身を投じた。嵐の如くうねり渦巻く湖の上にいるにも関わらず、アンジェは渦に引き込まれずにいた。

 そして、声高らかに水の精霊の名を呼ぶ。


「ウンディーネ! 力を貸して!」


 すると、アンジェの胸元で水色の紋章が光り輝き、彼女のすぐ側に水の精霊ウンディーネが再び姿を現した。

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