第251話 覚醒の刻(とき)②

 アラタを包んでいた光球の輝きが一層強まる。それはさながら太陽光のようであり直視できない程であった。


「何か眩しいな。どうなってんだこの光は?」


「ロック、意識が戻ったようですね」


「……え? アンジェ? うおわぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!」


 ロックは目が覚めると自分がアンジェに膝枕されていた状況に困惑し、絶叫を上げつつ距離を取ってしまう。

 

「少々失礼ではないですか、ロック? いくら女性が苦手と言っても、傷の回復に膝枕のサービスをした相手に悲鳴を上げるなんて……さすがの私も傷ついてしまいました」


「え? あ……そうだったの? ごめん、そうだよな……いきなり大声上げられた上に逃げられたら傷つくよな……」


「その傷ついた云々は冗談なので気にしないでください」


「冗談かい!」


 起き抜けにアンジェワールドに巻き込まれ、結果ズッコケるロック。その様子を見て、彼は大丈夫だと思ったアンジェは安堵の吐息をもらした。

 トリーシャと睨み合うガーゴイルは、輝きを増す光球の様子を不審に思い焦りが見て取れる。

 

「隙が出来た! 今なら!!」


 トリーシャはガーゴイルに強烈な一撃をお見舞いするため接近しようとするが、そこに巨大な水塊が割って入る。

 その攻撃を仕掛けてきた元凶に視線を向けると、雌ダッゴンが付近にまで来ていた。

 ドラグ達がダメージを負いながらも、これ以上進ませまいと奮闘しているのが目に入る。

 すると、再びトリーシャに向かって雌ダッゴンの攻撃が再開された。ハイドロップを容赦なくルナールの少女に向けて連続発射する。

 満身創痍の身体でトリーシャは何とか回避するが、目を離した隙にガーゴイルが舞台へ接近するのを許してしまう。


「しまった! 誰かそいつを止めてっ!」


 しかし、だれもガーゴイルを止める事は出来なかった。それぞれの敵との戦闘で手が離せないのだ。

 その状況で舞台の上――光球の正面にアンジェがいた。その中のアラタを守るように立ち塞がりガーゴイルにレインショットをお見舞いする。

 しかし、魔術と物理攻撃への耐性があるボディには効果的なダメージになるはずもなく、ガーゴイルは攻撃を受けながらも光球に向かって突き進んで来る。


「ふん。その程度の攻撃で俺様を倒せるわけがないだろう。血迷ったか!?」


「これであなたをどうこう出来るとは私も思ってはいません。でも少しですが時間稼ぎは出来ました」


 ガーゴイルの視界の隅では、シャーリーがロックとバルザスを連れて舞台から離れる様子が映る。


「瀕死の仲間を逃がしたか。それで、お前は逃げないのか?」


「ええ、逃げるつもりはありません。ご主人様である魔王様を守るのが魔王専属メイドの務めですから」


「務め……ねぇ。俺様の目には、お前の行動には義務感なんてものはこれっぽっちもないように見えるがね」


 そう語るガーゴイルは、得体の知れないものを見るような神妙な面持ちでアンジェを見ていた。


「1000年以上生きているだけあって、意外と鋭い観察力ですね。……そうですね、私は最初から彼――アラタ様に義務的な気持ちで接した事なんて一度もないんです。私的な感情で側にいたいと思っていただけ。魔王専属メイドなどというものは、あの人の隣にいるための口実でしかないのです」


「はっ! そういう事かい! それなら、その魔王と一緒に消えてなくなるんだな! それなら、本望だろう!?」


 ガーゴイルが両腕を正面に突き出すと、掌に術式と共に魔法陣が展開され灰色に輝き出す。

 その光はますます強くなり、より強力な魔力が充填されている事を表していた。


「アンジェ、逃げて!!」


 雌ダッゴンの猛攻を、傷ついた身体で躱しながらトリーシャが力の限り叫ぶ。アラタとアンジェの危機的状況に気が付いた全員が、その場に急行しようと試みるが相対する敵の妨害によってその場から動く事すらままならない。

 邪魔をする者がおらず万全の状態で魔力を練り込んだ魔術をガーゴイルは解放した。


「ふはははははははははははははははは! これで終わりだ! 魔王を仕留めたのは、他の誰でもない、この俺! ガーゴイル様だーーーーーーー!! 消えてなくなれ! エナズィィィィィィーーーー! アロゥゥゥゥーーーーーーーー!!!」


 ガーゴイルからいくつもの魔力の矢が光球目がけて飛来する。アンジェは、アラタの盾になるようにして全魔力を防御に回して光球の前に立つ。

 

(アラタ様を守るためには魔力の矢を全てこの身体で受けなければならない。そうすればきっと私は……。ごめんなさい、私……約束守れない……!)


 ガーゴイルのエナジーアローが舞台の上に直撃した瞬間、光球は弾け飛んで爆発し、舞台上にいたものは爆煙に包まれた。


「そ、そんな……うそ……マスター……アンジェ……こんなのうそよ!!」


「何てことだ、なんと情けないのだ私は! 仲間の盾にすらなれないとは!!」


「ちく…しょう……! あの時、俺が奴をちゃんと仕留めきれていたら、こんな事にはならなかった! ちきしょーーーーーーーーー!!!!」


「魔王殿、アンジェ……! おのれ、ガーゴイル!! 貴様は拙者が倒す!!!」


「アラタ……ちゃん? アンジェちゃん? こんな結末……冗談……よね?」


「魔王様とアンジェが死んだ? そんなバカな事があってたまるか! そんな……バカな」


 非常な現実に打ちひしがれる魔王軍の面々。絶望が支配する中で、1人だけ声高らかに勝利の咆哮を上げるガーゴイルは狂ったように笑っていた。


「ひははははははははは!! くははははははははは!! やった!! やったぞ!! 俺が! この俺様が魔王を殺ったんだ!! 最っっっ高の気分だ!!! 我が世の春が来たーーーーーー!!!!」




「――――随分とうるさい奴だな。それに、そんな季節は来ねーよ! お前はこれから俺に倒されるんだからな!!」


 テンションが振りきれたガーゴイルを罵倒する声が響く。その声を聞いて、絶望感で一杯になっていた魔王軍の面々が俯いていた顔を上げる。

 これが本当に現実なのかと、全員が半信半疑の表情をしながら未だ爆煙に包まれた舞台の上に視線を向けている。

 その時、立ち込めた煙が内側から吹き飛ばされ、舞台の上に人の姿が確認出来る。

 最初は1人だけかと思われたが、黒衣の人物の左腕に抱かれる形でメイドの少女の姿があった。

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