第252話 覚醒の刻(とき)③

「あ……ああ……うそ……あれは……!」


「ああ、間違いない! あれは……!」


「へ……へへ……ったく……! 俺は最初から心配なんてしてなかったぜ!」


「ふ……ふふ……! このドラグ、今まで生きてきた中で最高に心震えておりますぞ!!」


「やったーーーーー!! やったわーーーーーーー!!」


 セレーネの近くにいたスヴェンは、喜びが最高潮に達した彼女に思い切り抱きしめられ、左腕を包む彼女の豊満な胸の感触に全神経を集中し顔が緩みまくっていた。

 そんな豪炎の勇者の情けない姿をコーデリアは冷たい視線で見つめており、それに気が付いたジャックは「あいつは戦いが終わった後、どのみちコーデリアに殺られるな」と思うのであった。


「魔王様! それにアンジェも! 2人とも無事だ!!」


 魔王軍の面々の表情に生気が戻り、ダメージや疲労で重くなった身体を奮い立たせる。

 彼らの視線の先には、黒いロングコートにくろがねのガントレット、胸部と肩と下腿にも鉄の防具を身に纏う少年の姿があった。

 黒衣の騎士のローブに身を包み、黒い短髪を風にたなびかせながら、炎のような赤い瞳で前方にいる石像の悪魔を睨み付けている。

 その左腕には、キョトンとした表情でアラタを見つめるアンジェの姿があった。


「あ……アラタ……さま……?」


「ん? ……ああ、気が付いた? ただいま、アンジェ……随分長い事待たせたな」


「え? いえ……そんなに時間は経過していませんよ? 解呪の儀が始まってから1時間も経ってはいませんから」


「……そんな事はないよ……何といっても500年も待たせたんだからさ。そうだろ、アンネ?」


 アラタから突然豊穣の女神の名がアンジェに向けて送られる。それを聞いたアンジェの目から涙がこぼれ始めた。


「……グラン? ……私のこと……分かるの?」


「ああ、ちゃんと分かる。今まで気づいてあげられなくてごめんな。これまでの人生の記憶がごっちゃになってて少し混乱しているけど大丈夫だ! 今はとにかく目の前にいる敵を叩き潰す! 積もる話はその後でゆっくりしよう。アンジェが入れてくれた紅茶を飲みながら……さ」


「はいっ! とっておきの茶葉がありますから、期待していてくださいね」


 アンジェは涙を拭いて花のような笑顔をアラタに見せる。それを見たアラタも笑顔で返し、すぐに正面の敵に顔を向け睨みを利かせる。

 舞台の上にいる黒衣のローブを纏った少年を目の当たりにして、石像の悪魔は身体を震わせていた。


「なっ、そんな……バカな! ベルゼルファー様の呪詛の術式を破っただと? それに、どうやって俺様の攻撃から身を守った!?」


「え? ああ……奴の術式に関してはどうやったかは分からないけど、さっきの攻撃に関しては……破壊した」


「なん……だと!?」


 至極当然という感じで飄々と話すアラタの姿に、ガーゴイルは沸々と怒りを強めていく。そして、殺意を乗せたエナジーアローをアラタ目がけて発射した。


「バカにするなよ、このくそ野郎!! エナジーアロー!!」


 4本の灰色の魔力の矢がアラタに直撃する寸前、彼は右腕を正面に伸ばし掌でそれらを受け止めた。

 正確には掌に展開した魔法陣に矢が当たり、光の粒子になって消滅していった。自らの渾身の一撃をあっさり無力化されたガーゴイルは、無機質な身体を震わせながら後ずさりする。


「あ……あれは……あの力は……!」


「さっきの攻撃もこんな感じで壊したんだよ。さっきの方が威力あったけど、今のは全然だったな。もしかして手加減した?」


 アラタのあおりに石造りの顔に青筋が立ち、殺意が最高潮に達する。その様子を冷静な表情で見つめていたアラタとアンジェの両隣に4大精霊が降り立つ。


「一時はどうなるかと思ったが、無事に終わって良かった。身体は大丈夫か?」


「イフリート……お前が一生懸命考えてくれた解呪の儀のおかげで魔力が自由に使えるようになったよ。本当にありがとう」


「! かつての記憶が戻ったのか?」


「ああ。ユグドラシルの枝で過ごした皆との思い出もしっかりとね。……シルフは相変わらずキャラがぶれぶれだな、あははははははは!」


「余計な事思い出すなし!」


「それじゃあ、アンネローゼ様の事も思い出したの?」


 ウンディーネが恐る恐るアラタに尋ね、彼はアンジェを抱きしめる左腕に少し力を入れた。


「そこら辺はもうばっちり思い出した。君らが知らない事も色々とね!」


 その言葉を聞いてアンジェの顔が真っ赤になっていき、それを見たウンディーネ達の表情もほころぶ。


「蓋を開ければ予想以上の大成功に終わったんだな。まさに奇跡だ」


「ノーム。そうだな、俺もそう思う。でも、これは皆で勝ち取った奇跡だ。そして、ここから反撃を開始する! ウンディーネ達は下がってくれ。後は俺達がやる」


 アラタの言葉に頷きながら4大精霊は姿を消す。舞台の上にはアラタとアンジェの2人のみが残った。


「アンジェ。これから俺はあの石像もどき、そしてその後ろにいるデカブツを倒す。だから、向こうで戦っているセス達を援護してやってくれないか?」


「援護だけでいいのですか? 本気を出せば、あの十司祭とも互角に戦えると思いますが」


「マジか! それなら、徹底的にやってくれ。すぐに俺も皆と合流するから」


「承りました。それでは後程」


「ああ、無理するなよ」


 アンジェはセス達の方へと移動を開始し、残ったアラタは再びガーゴイルに対しプレッシャーをかける。

 その殺意に気圧けおされ、一瞬気を逸らすと黒衣の少年は忽然と姿を消していた。

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