第247話 石像の悪魔再び②

「まずいわ! あのままじゃ、アンジェもロックも危ない!」


 その状況に気が付いたトリーシャ達が2人のもとへ向かおうとするが、雌ダッゴンの巨大な足とハイドロップの連続攻撃で、道を阻まれてしまう。


「! このバカダコッ!!」


 無理やり強行突破しようとしたトリーシャは、ハイドロップを背中に受けて水中へと叩き込まれ、ドラグ達も雌ダッゴンの足の横なぎで吹き飛ばされる。


「ぐっ! くそっ、このままでは2人が!!」


 ドラグ達の奮戦虚しく、ガーゴイルはアンジェの目の前まで来てニヤついた目で彼女達を見下ろす。

 重症のロックを動かすのは危険と判断したアンジェは魔力を治癒術に集中し、この場から動けなかった。

 周囲の者は皆、各々敵と戦っており援護に回れる状態ではない。


「ほぅ、よく見れば中々いい女じゃないか。どうだ? 俺の女になるならお前の命だけは助けてやろう。それに、滅多に味わえない快楽をその身体に教え込んでやる。むしろいい待遇だろう?」


 ガーゴイルは舌なめずりをしながら下卑た笑みをアンジェに見せる。それを至近距離で見たアンジェの表情と態度は毅然きぜんとしたものだった。


「仲間を見捨てて自分だけ助かろうという者は魔王軍には1人もいません。見くびらないでください。……それに、そんな石ころのような身体では快楽どころか、痛みしか与えられないのではないですか? そして、私がお慕いする人は1人だけです。それ以外の男性は恋愛対象にはなり得ません。そういうわけですから丁重にお断りさせていただきます」


「…………せっかくの生き延びるチャンスを捨てたな、女! それなら、今お前が治療しているその小僧を先に殺してからお前を殺してやる! そうすれば、その気に食わん表情も恐怖に歪むだろう。……さあ、俺に見せてみろ!!!」


 ガーゴイルが前腕の片刃の剣に魔力を込め、振り下ろそうとする直前、彼らの間に割って入る者がいた。

 両刃の剣でガーゴイルの剣を押し返す老騎士の姿がアンジェの瞳に映る。


「バルザス様!」


「アンジェ、ロックを連れて下がりなさい! ここは私が食い止める!」


「何バカな事を言ってるんだよ……えぇ!? 半死人の分際で! そんな身体でこの俺様の相手が出来る訳ねーだろーが!!」


 ガーゴイルが両腕の刃で斬りかかり、バルザスは1本の剣でその斬撃を受け止めていく。

 目にも留まらない2人の剣戟けんげきが続く中、アンジェはロックに治癒術をかけながらその場から離れる。既にロックのダメージは危険な状態を脱し、命に別状はなかった。

 それを確認したバルザスは全身の魔力を爆発的に高め、その勢いのままガーゴイルの攻撃を切り払い、敵の身体を袈裟掛けに叩き斬った。

 右肩から左脇腹にかけて斬撃が入り、ガーゴイルは後ずさりしながらよろめく。


「攻撃が入った! これならガーゴイルもひとたまりもないはずです」


 舞台全域にわたる大規模なプロテクションを維持しているシャーリーは、その激しい剣戟の末の見事な一太刀に感服していた。

 だが、ガーゴイルに一撃を見舞った張本人であるバルザスの表情は曇っている。


「ふ……ふははははははは! なんだこの一太刀は!? 全然威力がないじゃないか! こんな、なまくらな攻撃じゃ俺様には傷一つ付けられねーぜ! やっぱり、もうまともな戦いなんて出来る状態じゃなかったわけだなぁー、バルザスゥ~!」


 ガーゴイルは無傷だった。バルザスの袈裟掛けが入った箇所は斬られた痕すらない。

 それは、バルザスの魔力が剣の刀身に十分伝わってはおらず、既に彼に戦う力が残っていない事の証明であった。


「くっ!」


「今のお前を殺すのは簡単だが、それじゃ面白くないな。お楽しみを邪魔された事だし、お前には色々と恨みがある……ジワジワとなぶり殺しにしてやるよ!」


 ガーゴイルは人差し指の先端に魔力を集中し、そこから小さな光線をバルザス目がけて発射した。

 それはバルザスの腹部に直撃、彼のローブを破壊しダメージを与える。


「ぐおっ!」


「ふははははははは! 効いているようだなぁ! これはあの小僧に食らわせた〝エナジーアロー〟の小型バージョンだ。本来なら魔闘士のローブにダメージを与えられるものじゃないが、今のお前になら十分苦痛を味合わせられる! そらっ! まだまだあるぞ!」


 ガーゴイルは指先から魔力を抑えたエナジーアローを次々と発射する。動く事もままならないバルザスはそれを甘んじて受ける以外に術がなかった。


「う……ぐぉぉぉぉぉ!」


 ガーゴイルの無慈悲な攻撃はバルザスの顔以外の場所を蹂躙じゅうりんするように焼き、苦痛の余りに老騎士はその場に膝をつく。

 それを満足した様子で石像の悪魔は見下ろしていた。


「いいざまだな。あの時、1000年前にお前に味合わされた屈辱を返せると思うとゾクゾクするよ。復讐は蜜の味とはよく言ったものだな。実に――甘美だ!」


 ガーゴイルの人差し指がバルザスの顔に向けられ、指先に魔力が集まっていく。


「さようならだ、兄弟」


 指先からエナジーアローが放たれる寸前、ガーゴイルの直下の水中から強烈な竜巻が吹き荒れ重量感漂うその身体を空中に吹き飛ばした。

 風によって巻き上げられた水柱は空中で弾け飛び、ガーゴイルは竜巻の中から緊急離脱する。


「くそっ! また水中からの攻撃か!?」


「『二度あることは三度ある』っていう事よ!」


 ガーゴイルの上空から凛とした女性の声が轟く。その少女の持つ金色の髪や金毛の尻尾は、太陽の光を反射し眩い光を放っていた。


「ロックとバルザスの借りを返す! 月閃げっせん!!」


 落下速度と風の魔力を合わせた槍の斬撃が、石像の悪魔を真下に広がる湖に向かって斬り飛ばした。

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