第221話 解呪の儀 開始

 やる気に満ちた表情をする魔王とは対照的に4大精霊達の表情は優れず、皆が不思議に思っているとウンディーネがアラタの側へ来て躊躇ためらいがちに話を切り出した。


「正直、このようなタイミングでこんな事を言うのはどうかと思ったのですが……よく聞いてください。この儀式は――」


「分かってる、相当危険なんだろ? たぶん失敗すれば……俺は死ぬ」


 アラタの意外な返答にウンディーネは目を見開いた。その視線の先にいる少年の表情に曇りはない。これから起こる全てを受け入れる覚悟ある者の顔だ。


「全部分かっていて、なお解呪の儀を行う選択をしたのですか?」


「まあね。あの時、ウンディーネに初めて会って解呪の儀の話を聞いた時、少し妙な言い方をするなとは思ってたんだよ。4大精霊と契約すれば〝呪いが解ける〟じゃなくて〝呪いを解く儀式が行える〟――そこには確実に呪いが解けるなんて言葉はなかった。……だろ?」


「………………」


 ウンディーネは沈黙する。そして思う。この少年は自分が想像している以上にたくさんのものを背負い、それでも前へ歩いて行く事ができる〝王として器〟を持っていると。


「それに、魔力を使う度にあった身体への反動を考えると簡単にはいかないって確信できたし、さっきの500年かけても呪いは解けなかったって話を聞いて、この解呪の儀ってのがどれだけの時間と思いが込められて準備されたものなのかを知る事ができた。……これは、俺の前世である〝魔王グラン〟から〝ムトウ・アラタ〟って人間に託されたバトンなんだよ。俺が何とかしなくちゃならないんだ! だから、ウンディーネ! 俺に力を貸してくれ! 俺がこれから〝魔王〟として生きて行くために……そのスタートラインに立つために、この解呪の儀は乗り越えなきゃいけない壁なんだ。それをぶっ壊す力を貸して欲しい」


「……分かりました。もう、あれこれは言いません。互いに死力を尽くして、このふざけた壁を壊しましょう」


「ああ、そうだな」


「あーしは、最初からそのつもりだしー」


「準備は整った、後は行くのみ!」


 魔王と4大精霊の思いは1つとなり、全員の覚悟が整った。魔王軍とスヴェン達が舞台の外から見守る中、アラタは舞台の中央に立つ。そこを取り囲むように配置された4つの祭壇には、ウンディーネ、イフリート、シルフ、ノームの姿があった。

 

「アラタ様、ウンディーネ、イフリート、シルフ、ノーム……頑張って! そして、どうか無事に終わって!」


 アンジェが手を合わせながら祈りの言葉を呟いた時、4つの祭壇が同時に輝き始めた。

 ウンディーネの祭壇は水色の光、イフリートの祭壇は赤い光、シルフの祭壇は緑色の光、ノームの祭壇は黄色い光を放つ。

 その4種の光は舞台の中央にいるアラタへと放たれ、そこで交わり白い光の球を形成した。その球体は、アラタを包み込むと空へ向けて白い光を照射した。それはまるで光の柱のようであった。

 光の柱を見つめながら、バルザスは急に激しい咳をし始め片膝をつく。だが、それでもこの光景を目に焼き付けようと、その目は光の柱の根本にある球体へと向けられる。


「バルザス! 大丈夫か!? 一体何が?」


「バルザス殿、ここを離れて休みましょう。拙者が連れて行きます。さあ!」


 バルザスは心配するロックとドラグ、アンジェを連れて来ようとしていたトリーシャに手を向け、彼らの行動を制止した。


「ありがとう。でも、いいのだよ。私はこの光景を最後まで見ていたい。そして、願わくばこの儀式が無事に終わり、呪いが解けた魔王様の姿を一目だけでいい、この目に収めたいのだ!」


「何よ、それ! それじゃ、まるで――! アンジェ、早く治癒術をバルザスにかけて」


 バルザスは「そんな事はしなくていい」と首を横に振った。


「治癒術は効かない。これは寿命なのだよ、トリーシャ。私の命は間もなく尽きる。まさかこの場所に来るまで持ってくれるとは思わなかった。……皆には感謝しなければならないな……本当に、ありがとう」


 魔王軍の老兵のいきなりの告白にスヴェン達も動揺を隠せない――ただ1人を除いては。

 いや、事情を知っているエルダーでさえ全く動じていないわけではなかった。むしろ、この中の誰よりも〝バルザス〟という人物を知っている彼だからこそ、その深く被ったフードの奥にある感情の乱れは強かった。

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