第222話 かつての僕の物語①
舞台の外でバルザスの命の火が消えようとしていた時、解呪の儀の中心部である光球内のアラタは、不思議な感覚に陥っていた。
(何なんだろう、この感じ? まるで深い海に沈んでいくような……とても懐かしい感覚だ……)
アラタが意識を取り戻すと、目の前に知らない土地の風景が広がっていた。そこには、ボロボロの木造の小さな家屋がいくつも並んでいる。周囲には山々が連なっており、ここが山間部に位置している事が分かる。
山あいにある小さな村。どうやら自分はそこにいるようだとアラタは理解した。
「一体、ここはどこだ? 俺はさっきまでアクアヴェイルにある舞台の上にいたはず」
そう思いながら、ふと自分の手を見てみると、それは子供の手だった。それも小学生低学年ぐらいの幼さのものだ。
「俺、小さな子供になってる!? どうなってんの!?」
状況が呑み込めず混乱していると、周囲の風景が一変した。自分がいる場所こそ変わってはいなかったが、空には三日月が上りアラタの後ろから赤い光が闇夜を照らしている。
「何だ、この赤い光は?」
アラタが後ろを振り向いた時、そこには地獄が広がっていた。木造の家屋は1つ残らず燃えており、家から出てきた住人の何人かは火だるまになっている。
身体の火を消そうと地面をのたうち回るが、抵抗むなしく間もなく動かなくなった。火事から逃れた住人も突如飛来した矢が刺さり、その場に倒れて行く。
矢が飛んできた方向に目を向けると、そこには武装した男達がいた。人数にして10名ほどだろうか。各々、弓の他に、剣や斧など様々な武器で武装している。盗賊だった。
彼らは、奇声の如き笑い声を上げながら村の男達を容赦なく殺していく。女性達は命こそ取られないまでも、衣類を裂かれ身体は
子供は捕らえられ、母や姉達が目の前で慰み者にされる光景を、感情のない目で眺めている。アラタも抵抗らしい抵抗が出来ないまま、あっけなく捕まり、地獄のような光景を眺めている事しかできなかった。
その後、アラタ達子供は盗賊に町まで連れていかれ、奴隷商人に売られた。無力感に
「なんなんだ、ここは? これは人の歓声? 何かのイベントでもやっているのか?」
この建物が何なのか疑問に思っていると、筋骨隆々で傷だらけのいかつい男達が歩いて行く姿が見えた。
すると、彼らを先導する黒ずくめの人物の1人がアラタの手を取り無理やり引っ張っていく。
抵抗するも、そこは大人と子供。力の差は圧倒的で、引きずられるように移動する。すると、自分達が向かう先から光が差し込んでいるのが見えた。
「もしかして外に出るのか? ラッキー! これでここがどういう所なのか分かる」
開かれた扉を出ると、外のあまりの眩しさに視界が0になる。徐々に目が慣れてくると、そこは巨大な闘技場であった。
闘技場と言っても、そこは巨大な砂地でそこを囲むように観客席が設けられている。昔、映画で見たコロシアムの形そのままであった。
「もしかしてだけど、これまさか……嫌な予感がするんですけど」
悪い予感は高確率で的中する。アラタは、子供が持てるような木製のこん棒を渡され、背中を押されて渋々歩いて行く。
すると、向かい側の扉から明らかに人間でない生物が姿を現した。全身緑色で身体の大きさは自分と同じくらい。黄色い小さな目が、アラタを睨んでいる。
「あれは……ゴブリン? 何気に初めて見たけど……滅茶苦茶睨んでるし」
嫌な予感がどんどん膨らんでいく中、ドーンと巨大なドラを叩く音がコロシアム中に鳴り響く。同時に前方にいるゴブリンが勢いよくアラタに迫ってくる姿が目に入った。
「やっぱり来たー! やばばばばばばば!」
敵に背を向け逃げ出すアラタ。そんな逃げ腰の戦士に対し、観客席からは怒号や中傷、罵声が浴びせられる。
「ふざけんな、チクショウ!! こんな
半泣きで必死に逃げ惑う少年の姿は滑稽で、観客席の非難の声はやがて笑い声へと変わっていく。それはそれで、逃げるのに必死な少年にとっては非常に腹の立つ光景だった。
状況も最悪で、この小さな身体にスタミナがあるはずもなく、次第にゴブリンとの距離が狭まっていく。
「くそっ! このままじゃそのうち追いつかれる! 体力がなくなった状態で、そうなれば確実に殺られる! ……ならっ!」
「グギャギャ!?」
急に反転した少年の動きに意表を突かれ、緑色の魔物の反応が遅れる。その隙に、アラタは思い切りこん棒を敵の顔面に打ちつけた。
ゴブリンの青い血液が飛び散る。だが、致命傷には至らず、アラタに向かって来ようとしていた。
しかし、ゴブリンの動きは緩慢かつふらふらしており、確実にダメージの影響が見て取れる。
「効いてる!? 今しかないっ!!」
アラタは、再びこん棒を敵の顔に叩きつけた。その後は必死だった。敵が動かなくなるまで、何度も何度も必死にこん棒を振り下ろす。
こん棒の
コロシアムの職員が止めに入って初めて決着が着いている事に気が付く。頭部を完全に潰された小さな魔物の骸が目の前に横たわっていた。
ふと気が付くと、周囲から聞こえていた罵声や笑い声はなりを潜め、代わりに称賛の拍手が鳴り響いていた。
小さな少年の心には、意味もなく戦わされ敵に手をかけた罪悪感と他者からの称賛による充実感という2つの感情がないまぜになり、気分が悪くなるのだった。
――――それから、10年近くが経過していた。コロシアムにおける戦いの日々の中、〝ムトウ・アラタ〟という人格は薄れていった。今はコロシアムの人気魔闘士〝グラン〟として様々な魔物と戦わされる日々を過ごしていた。
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