第198話 あれから1週間

「魔王様、ご気分は大丈夫ですか?」


 セスがアラタの側に駆け寄り、彼の容体を尋ねる。自分を心配する赤髪の青年を視界に収め、寝ぼけていた少年の目が見開かれる。


「セ、セス? 本物? 幽霊じゃないよね!? 足は……付いてる! 良かったー!!」


 テンションマックスでセスの安否を確認する魔王アラタ。両手を彼の肩に置いて前後に揺らしまくる。その結果、彼が生きているという事が分かると安堵の吐息をもらしていた。


「ご心配をおかけしました、魔王様。この通り、私は無事です。今こうして私が生きているのは魔王様のおかげです。ありがとうございます」


「そんな事ないよ、そもそもセスがかばってくれなかったら俺はやられていたんだしさ。俺のほうこそ……ありがとう、セス!」


 互いに笑いながら言葉を交わすアラタとセス。こういう日常的な会話が出来るという事がどんなに尊く、嬉しい事であるのかを未熟な魔王は噛みしめるのであった。

 その後は、部屋に備え付けの椅子に座りながら現在の状況について2人から説明を受けていた。


「――――それじゃあ、ここはマッコスの町っていう所で、閃光の勇者ルークが俺達をここまで運んでくれたのか」


「ええ、ここはシェスタ城塞都市から山をいくつか超えた場所なのですが、その距離を一瞬で移動したんです。なんでも古代魔術の1つらしいですよ。はぁー、貴重な体験が出来て良かったです」


 セスはやたらと嬉しそうにその時の事を語っていた。古代魔術に関しての文献はほとんど失われており、現在では非常に希少価値の高い古代の書物に僅かばかりが記述されている程度である。

 セスは過去にそういった書物に目を通す機会があったらしいが、当時彼が理解できたのは、古代魔術を扱うには複雑な術式を展開しなければならず、かつ相当量の魔力を必要とする事であった。

 そして、その結果生み出される規格外の破壊力。先の戦いではセレーネが古代魔術である〝シャドーセイバー〟を未完成ながら使用したが、それでも十司祭のブネに大ダメージを与える威力を持っていた。

 知識欲の塊であるセスにとって、古代魔術に触れる機会は金銭に代えがたい貴重な体験なのである。

 思考が古代魔術関連に飛んでしまったセスに代わってロックが現状の説明を補足する。


「んで、その勇者ルークが自分の別荘に俺達を招いてくれたってわけさ。それが1週間前。つまりアラタ、お前は1週間近く眠っていたんだよ」


「1週間……かぁ。そんなに寝てたのか、俺……」


 そう言いながら周囲を見回すと、天井や壁は勿論、調度品に至るまでどこか気品を感じさせる。

 さらに、花瓶などはアラタが顔を近づけると鏡のように彼の顔を映し出す。驚くほど掃除が行き届いている証拠である。ロックによるとメイドが何人も住み込みで雇われているらしい。


「勇者って儲かるんだな。それに比べて俺は全財産3万カスト……そこら辺の子供の方がもっとお金持ってるだろ……」


 この異世界ソルシエルにおいて貨幣の価値は1カストが1円と同程度である。つまりアラタの全財産は3万円に等しく、中々にふところ事情は厳しいのであった。

 

「勇者が儲かるかは分からないが、ルークは地方貴族の出身で個人的に食品関係の商業にも力を入れていて、それで結構収入があるらしいぜ」


「貴族なのに勇者やって、他にも仕事してんの? やり手だなぁー」


 アラタは感心しながら、再び部屋の内装を見回しため息をつく。魔王と勇者という構図以上に社会人的に圧倒的な差を感じてしまう。

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