第194話 第3の契約

「がはっ! げはっ、ごふっ!」


 再びアラタは吐血した。顔面は蒼白となり、体温は低下しアンジェとセスが握る手は冷たくなっていく。

 治癒術をかけている3人の表情に余裕はなく、アラタの命が未だ危険な状態にあるという事実が伝わってくる。

 

(魔王さんのマナへのダメージが大きすぎる! 本人の生命力が低下しているこの状況じゃ、どんなにヒールをかけても効果が薄い…………少しでいい、せめてもう少し彼の生命力が持ち直してくれれば……)


 シャーリーの切実な願いも虚しくアラタの命は風前の灯火ともしびであった。彼女の経験上、ここまで当人の生命力が低下した場合、持ち直す見込みは非常に低い。

 それでも全力で治癒術を連続使用する彼女の顔から、大量の汗が流れ落ちる。アンジェとルークも同様に汗だくになりながら必死にアラタを助けようとしている。

 治癒術を使えない仲間達はその様子を見ている事しか出来ず、皆祈るような気持ちであった。

 夜明け前の空は深い闇が広がっており、皆の心を黒く塗りつぶすように侵食していく。だがこの絶望的な状況に置いて一筋の光明が差し込むのであった。


「よお、待たせたな!」


 非常に渋い男性の声が皆の耳に届いた。その声の発生源、アンジェ達の真上の方から人間の子供と同じ大きさのモグラが舞い降りる。

 頭には黄色いヘルメット、手にはスコップ、顔にはサングラスをかけている。この緊張感が最高潮に達している現場に似つかわしくないゆるキャラの外見、大地の精霊ノームがこの場に顕現した。


「ノーム…………」


 アンジェはすがるような表情でノームを見つめていた。その視線に気が付くとノームは、サングラスの奥にある眼差しをアラタに向ける。


「まったく! こういう無茶をするところは何度生まれ変わっても相変わらずのようだな、このバカは…………まあ、こういうバカだから色んな奴を惹きつけるんだろうがな」


 ノームはアラタの頭に手を置き、彼の体内のマナの状況を読み取ると、自分の見解を述べる。


「諦めるには早いようだぞメイドのお嬢さん。かなりまずい状態ではあるが、まだ巻き返しは可能だ」


「本当!?」


 状況を見守るトリーシャが切羽詰まった表情で聞き返していた。それは他の者も同様で、アラタ生存の可能性に希望が見いだされる。

 一方、現在治癒術をメインで行っているシャーリーは、アラタの現状を一番よく理解しているため、ノームの言葉に半信半疑の様子であった。


「いったいどうやって魔王さんを助けるんですか? 本人の生命力が低下しているこの状況じゃ、治癒術の効果は薄いんです」


「だから、そこで俺の力が必要になるのさ。俺は大地の精霊ノーム……豊穣の女神アンネローゼ直属の4大精霊の1人であり、大地の守護を司る。大地とは生命の育まれる場所。俺の加護を受ければ、生命力の底上げができる」


「それって、つまり……?」


 ロックがノームの言葉を整理するように考え込むが、そんな事に構う様子もなくノームは話を進める。


「これより、そこのバカ魔王との契約を行う。お嬢ちゃん達はしっかり回復を続けてくれ」


 そう言うや否や、ノームの身体から黄金の光が溢れだし、その光はアラタの身体

を包み込んでいく。


「―—汝、魔王アラタ。我、大地の精霊ノームの加護を与えん」


 ノームの祝詞のりとが終わると、アラタの胸に黄色い紋章が現れ輝きだし、それに共鳴するように左手の緑の紋章、右手の赤い紋章が光り出す。

 4大精霊のうち3名の精霊の加護がアラタの中で一つとなり、消えかかっていた命の火を灯らせた。

 

「!? きたっ! 生命力が戻ってきた!!」


 シャーリーは、この奇跡的な現象に驚きながらも、すかさずヒールの効果を強めてアラタに送り込む。

 すると、先程までは打って変わって治癒術の効果が半死半生の少年に届いた。ずたずたになっていた体内の組織が少しずつ修復されていく。こうなれば、やることはただ一つのみ。


「アンジェさん、ルークさん、ここから一気に魔王さんの身体を治します! 2人とも全力で治癒術をかけて! さあ、いきますよ、ここが勝負どころです!!」

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