第193話 繋がる希望③

「魔王様、例のあれをやりましょう! いつもの戦いが終わった後にやるやつですよ」


 セスが右手を挙げる。アラタはそれがハイタッチの合図だと気付き、鉛のように重い右腕を挙げる。


「よ……し、行くぞセス」


 アラタは足を一歩踏み出し、自分の右手をセスの右手に合わせようとする。だが、その手が重なり合う事はなく、アラタはセスのすぐ横に倒れ込んだ。


「がほっ、がはっ、げほっ、ぐはっ!」


 倒れたアラタの口から大量の血液が噴出する。同時に彼の身体は小刻みな痙攣を起こしていた。

 即座にアンジェがアラタの身体に手を置きヒールによる治癒を試みる。すると、治療対象であるアラタのマナの情報が彼女の中に流れ込んで来る。その内容は悲惨なものであった。


(身体中のマナ同士の繋がりにほころびが生じている! ……このままでは、身体の生命維持機能が止まってしまう! アラタ様が……死んでしまう!!)


 アラタの身体は崩壊寸前の状態であった。身体への負担が大きい魔力の開放を全力でしかも長時間行っていた事により、体内のマナへのダメージが甚大になり循環機能や呼吸機能を始め、身体の全ての部分がぼろぼろになっていたのである。


(こんな……こんな状態になるまでこの人は戦っていたの!? こんな事って……! 苦しかったでしょう……痛かったでしょう……辛かったでしょう!)


「必ず……必ず助けますから!! ヒール!!」


 アラタは身体の内外がぼろぼろであり、治癒術もどこから手を付ければいいのか分からない。そんな時、アンジェに手が差し伸べられる。それはアラタの手であった。

 アンジェとセスの両名に手を伸ばし、力なく空をかいている。その手を2人は握りしめた。

 アンジェは彼の左手を握りしめながら右手を胸に置き治癒術を行使する。彼の左手はアサシンのダガーに刺され、地面を掻きむしり、白零びゃくれい竜爪りゅうそうの長時間にわたる使用により見るに堪えない状態になっていた。

 アンジェが治癒術をかけ続けても手のダメージすら思うように癒えず、焦りだけが強くなる。


(魔力が足りない! 長時間の戦闘に引き続いてリザレクションを使った事でほとんど魔力を使ってしまった。……このままじゃ……!!)


 アラタも呼吸は浅く回数が早くなっていき、息をするのも苦しそうだ。悔しさとアラタを失う恐怖で視界が涙で歪み、治癒術も弱まっていく。

 そこに喝を入れながら、満身創痍のアラタの治療に取り掛かる人物がいた。


「ちゃんと目を開けて、魔力を込めて!! 今、彼を助けられるのは私達だけなのよ!?  彼はあなたにとってとても大切な人なんでしょう!? なら、今持てる力を全部出し切って助けないとダメでしょう!!」


 小柄なゆるふわ系少女に叱咤される、クール系メイドの図。シャーリーは普段の大人しい様子とは打って変わって、歯を食いしばりながら全力で治癒術を施している。

 その姿を見て我に返ったアンジェも再び全神経と魔力を総動員して治癒術を再開する。


「なんて酷い状況なの!? くっ! せめてあと1人ヒーラーがいれば!!」


 シャーリーから悔しそうな声がこぼれ、それに応じるように助っ人が現れる。それは勇者ルークであった。


「専門職のプリーストには遠く及ばないけど、僕も初歩的な治癒術なら使える! これでもないよりはマシだろ? シャーリー、指示を頼むよ、アシストする!!」


 ルークの申し出に頷き、シャーリーはアンジェとルークに指示を出し3人がかりでの治癒術の施行を開始した。

 その様子を見ていたロックは、勇者であるルークが魔王であるアラタを助けようとする行動に対して疑問を抱いていた。


「どうして勇者の1人であるあんたが、アラタの命を助けようとしてくれるんだ? 俺達としてはありがたいけど……」


 その疑問は至極当然の事であり、周囲の者達も同じように思っていたが当事者はどこ吹く風だ。


「目の前に今にも死にそうな人がいる……その命を助けようとするのに理由なんて必要かい?」


 ルークの言葉に嘘偽りは感じられなかった。その純粋とも言える正義の心と振る舞いはこの場にいる者達の心に響く。

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