第192話 繋がる希望②

 竜爪が消えた事でアサシンは地面へ倒れ込み、動き出す気配は見られなかった。だが、その隙を突いて北門外の闇の中から、巨大な鳥型の魔物が猛スピードでアラタ目がけて突っ込んで来る。

 心身共に既に限界を超えていたアラタは逃げる事が出来ない。


「アラタ様っ!!」


 アンジェが叫ぶ中、鳥型の魔物は脚をアラタに向ける。そのあしゆびの先には鋭い爪があり、月光を反射し暗闇の中で妖しく光る。

 その爪がアラタを切り裂こうと目の前まで来た時、2つの人影がその凶器を受け止めた。老兵の剣士と黄金の髪の剣士――バルザスとルークが剣でその爪を切り払う。

 鳥の魔物は上空へと退避し、その片脚にはアサシンの姿があった。


「ちぃっ! 奴の狙いはアサシンの回収か!」


 バルザスが口惜しそうに唇を噛む。その魔物は目的を果たしたと言わんばかりに、それ以上の戦闘は行わず、アサシンを連れてこの場を去っていった。


「逃がしてしまいましたね。危険な男のようでしたし、出来ればこの場で決着をつけたいところではありましたが……」


 ルークもまた悔しそうな表情をしている。アサシンと実際に関わったのは短い時間ではあったが、この場に来る途中アサシンの手口に関して被害に遭ったアンジェから直接聞いており、彼の中で危険人物のリストに加えられたようだ。


「魔王様、お身体は大丈夫ですか?」


「あ、ああ……ありがとうバルザス。それに……」


 アラタがふらつきながら自分を助けてくれたルークへと身体を向ける。アラタとルークの視線が交わり、ルークはふっと笑顔を見せていた。


「お互いに挨拶は後でしましょう。そんな事より、今君には話をしたい人物がいるはずでしょう?」


 アラタは、はっとしてアンジェとセスの方によろめきながら歩いていく。アンジェとセスも肩を貸してくれていたシャーリーとロックから離れ、疲労困憊ひろうこんぱいの身体に鞭を入れて自分達の足で少しずつアラタへと向かって行く。

 ゆっくりとだが確実に3人の距離は近づいていく。もう二度とせばまることがないと思っていた2人への距離。アラタは満身創痍の身体を必死で動かした。

 足を一歩前へ出す度に身体中に激痛が走り、気が遠くなりそうになりながらも少年は必死に、必死に身体を前へと進める。

 そんな苦痛を何度も味わいながらも、アラタは手を伸ばせば2人に手が届く距離にまでようやくたどり着いた。

 ぼろぼろの魔王は何度もアンジェとセスの顔を交互に見る。


「アラタ様恥ずかしいです。そんなに何度も見つめられてしまうとさすがの私も対応に困ってしまいます。…………とりあえず私の胸を揉んで落ち着きませんか?」


「アンジェ……お前、よくこんな状況でそんな事を言えるな……本当にぶれないな、そういうところ」


 セクハラまがいの言動をするメイドと彼女の行動に頭を抱える参謀。アサシン部隊との戦いの前にも見せていた2人の漫才のようなやり取りを見て、懐かしさと共にアラタは再び熱いものがこみ上げてくるのを感じた。


「よ……がっだ……よがっだよう……2人とも生ぎでて……くでで……ぼんどうによが…………!」


 アラタの目からは涙がぽろぽろこぼれ落ち、口が言う事を聞かず思うように言葉を発する事が出来なかった。

 それでも彼が何を言おうとし、何のために泣いているのかを感じ取ったアンジェとセスもまた、涙を流していた。

 そんな3人の様子を見ていた残りの魔王軍の仲間達も涙ぐみ、鼻をすすっている音が聞こえる。この場にアンジェ達を連れてきたスヴェン達の目にも熱いものが光っていた。

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