第188話 月下の死闘

「げほっ、げほっ、ごほっ」


 アサシンを追って北門へと向かう中、アラタは体内からこみ上げ口の中に広がる鉄の味を感じながら、口の端から滲み出た赤い液体を拭う。


「あともう少しだけ持ってくれよ、俺の身体!」


 崩壊に向かって進んでいく身体を鼓舞しながら、アラタはアサシンを追ってシェスタ城塞都市の北門付近へと到着した。

 この一晩の戦いの始まりの地であり、既に炎上崩壊した建物からは火が消えている。周囲には人を含め命ある者の気配はなかった。

 唯一そこにいるのは、弱者を踏みにじり苦しめ命を弄ぶ最悪の存在のみであった。


「ちぃっ、本当にしつこい奴だ。後もう少しでここから出られるっていう所で……忌々し奴!!」


 恨めしい表情で空を見上げる黒装束。その時、空から勢いよく何かが地面へと落下した。

 舞い上がる土埃から姿を現した者は、白いオーラをその身にまとい深紅の瞳で黒装束を睨み付ける。アサシンは自分を追いつめるその白い光と赤い目を忌々しい気持ちで見ていた。


「アサシン! やっと追いついたぞ! 逃亡の時間稼ぎに十司祭をあてがうなんて本当に姑息なクズ野郎だな! 今から殺してやるからそこで待ってろ!!」


 魔王からの罵詈雑言の数々に、アサシンは青筋を立てながら睨み返す。


「俺を殺すだと? 調子に乗るなよ半死人がぁ! ここに来るまでにそれなりに時間が経過した。てめえの身体はもう限界だろう? 返り討ちにしてやるぁーーーーー!!!!」


「やれるもんならやってみろよ。最初から最後まで卑怯な真似しか出来ない三流魔闘士風情が!!」


 互いに憤りを発しながら、2人は全速力で接近していく。アサシンは再びいくつもの毒のナイフをアラタに投げつける。


「死ねよやぁーーーーーーーーーーー!!」


「それはもう効かないと言ったはずだ! 行くぞっ!!」


 アラタの姿がその場から掻き消え、一瞬でアサシンの左後方に現れる。高速移動術〝瞬影しゅんえい〟の長距離移動と連続使用を組み合わせた、瞬間移動とも言うべき動きにアサシンは意表を突かれる形となった。


「なんだとっ――――!?」


「食らえ!! アサシン!!!!」


 アラタは左腕に形成した竜爪でアサシンの左脇腹を力の限りに殴り付ける。機動性重視防御力軽視の黒いローブで渾身の一撃を受け、肋骨が数本折れる感覚を味わいながら、細身の身体はシェスタ城塞都市の誇る巨大な城壁へと殴り飛ばされた。

 重力に逆らい数十メートルの高さを誇る城壁の中腹部に真っすぐ吹き飛ばされ衝突する。

 だがアサシンは城壁にぶつかる瞬間に受け身を取りながら、空中浮遊術である〝エアリアル〟を使用し、城壁表面を滑るようにして後退していく。

 彼の正面には崩壊したシェスタの街並みが広がっていた。アサシンはエアリアルを足底部に集中させ、城壁を大地として直立した。

 眼下に広がる街並みを見ながら激痛の走る脇腹を手で抑える。同時にこの痛みを与えた元凶に対する怒りが沸々と湧き始め、その姿を捉えようと視界と魔力感知の両方で探す。

 

「あの野郎、どこに行きやがった!? 殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやるぁーーーーーー!!」


「誰が誰を殺すって?」


 殺意を込めた独り言に思わぬ返答があり、アサシンは驚きながら声の方向に顔を向けた。それは自分の後方から聞こえ、そこには右腕を振りかぶるアラタがいた。

 声を出す暇もなくアサシンは顔面に直撃を受け、地上に向かって落下していく。アラタは落ちて行く敵を先回りし、今度は左腕の竜爪で黒装束を空に向けて斬り飛ばした。

 重力加速を伴う急激な落下と直後に襲う衝撃と浮遊感によって、アサシンは平衡感覚が完全に麻痺していた。

 彼の身体は城壁の高さを越えてさらに空高く舞い上がり、その目には巨大な満月と月を背にする赤い双眸の少年の姿が映る。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 少年は咆哮を上げながら黒装束を左手の竜爪で押さえつけ、地上へと落下していった。

 落下速度はさらに上がっていき、アサシンは焦燥感を露わにする。


「し、正気かお前!? このままいけば確実に死ぬぞ!!」


「だから何だ? どのみち消える命だ、お前を確実にやれるなら構わないさ!!」


 死ぬ事を全く恐れないアラタの行為にアサシンは恐怖した。今まで出会ってきた者達は皆、自らの保身のために他者を裏切る連中ばかりであった。

 例え普段は聖人君子のように振る舞っていても、いざ極限状態になればそういう人間ほど簡単に手のひらを返す。

 だが、今目の前にいる男はどんなに自分が傷つこうとも死ぬような状況においても、その意思を揺るがさない。その存在自体がアサシンの理解の範疇はんちゅうを越えているのだ。

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