第187話 Still alive

「それで逃げたつもりか。どこへ行こうと追いついてみせる」


 アサシンを追撃する為に下肢に魔力を集中するが、アラタは一度アンジェ達が横たわる方へと視線を向けた。


「アンジェ……セス……ごめんな、助けられなくて。あいつは俺が必ず仕留める。きっと、お前達はそんなことしなくていいって怒るだろうな。…………奴を倒した後に、そっちでいくらでも叱られるから許してくれよ…………じゃあ、また後で」


 アラタは憂いに満ちた表情で2人にそう告げるとアサシンを追ってシェスタ城塞都市の中央部に向かって行った。

 移動中、その方向に黒い竜が出現し戦闘が繰り広げられていた。アラタはこの後、アサシンを追う中でその戦いに乱入し、ブラックドラゴン〝ブネ〟を圧倒する。

 そして、再び逃亡した標的に止めを刺すべく、トリーシャの制止を振り切って町の北側へと向かうのであった。




 アラタがアサシンを追って貧民街を去って間もなくの事。そこにはメイド姿のローブに身を包んだ銀髪の少女と赤い魔導士のローブをまとった赤髪の青年が地面に横たわっている。


「…………げほっ、けほっ、かほっ……っはぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!」


 力なく仰向けに倒れていた少女は突如息を吹き返した。否、彼女は命を落としてはいなかった。


「はぁ……はぁ……、危なかった、一時的に仮死状態になっていた。あの男、私達全員に絶望感を与えて喜んでいるようだった。嫌な予感がして一応自分にキュアをかけて毒対策をしておいたけど……正解だったわ。毒が体内で広がり始めると厄介だけど、侵入時に浄化出来れば何とかなるみたいね……」


 仮死状態から復活したアンジェは、呼吸を整えるとすぐ近くで倒れているセスの元へ急いで駆け寄り再びヒールとキュア同時併用による治療を再開した。

 

(体内のマナが広範囲にわたって毒に汚染されている。……出血も多い、それに体力もかなり低下している! 一気に毒を浄化しつつ傷も治さないと助からない! ………………もし、これを使えば多分私の存在を彼らに知られる……でも!)


 アンジェは目を瞑って少し逡巡しつつも何かを決心したように目を開けた。


「セス、あなたは魔王軍にとっても、アラタ様にとってもかけがえのない大切な人です。私にとっても本気で口喧嘩ができる数少ない友人……必ず救います!」


 アンジェは魔力を全力で開放した。当初、その身体を覆っていた水色の魔力のオーラは少しずつ色を変えていき間もなく黄金の光を放つ。

 

「豊穣の女神の名の下に森羅万象の御霊みたまに安らぎの時を与えん…………リザレクション!!」


 黄金の光はアンジェとセスを包み込み、周囲を昼間のように照らし出した。

 その時、南門での戦いを終えて仲間と合流すべく町の中央部を目指していたロックとバルザスが突如発生した黄金の光を目の当たりにしていた。

 太陽の如く発生した光の中心部から少し離れた2人のいる所にまで光の粒子が降り注いでいる。


「何だこの光? 暖かい……それに身体の痛みや疲労が消えていくような感じがする。心なしか折れた腕も楽になったような…………って治ってるーーーー!?」


 ロックが十司祭アロケルとの戦いで負傷していたはずの左腕をぶんぶん振り回す。その緊張感のない様子にため息をついた後、バルザスは光の中心部に目を向けていた。


(この光……間違いない、これは豊穣の女神の神性魔術による光……彼女がこれを使わざるを得ない程、状況がひっ迫していたという事か)


「ロック、あの光の中心部に向かうぞ」


「え? 大丈夫なのか? あそこからとんでもない魔力を感じるけど敵の罠だったらヤバくない?」


「それは問題ない。あの光は治癒術の発動によるものだ、お前の折れた左腕も完治しただろう? ほら、急いで向かうぞ! もし敵が近くにいたら危険だ、早く合流しなければ!」


「うん? もしかしてバルザスはあそこにいるのが誰なのか知ってるのか!? 教えてくれよ!」


「到着すれば分かる! さっさと行くぞ!」


 こうして、バルザスとロックはアンジェと合流し、アラタを追ってシェスタ城塞都市の北側へと向かう事になる。

 そして、この一晩の間に起きたシェスタ城塞都市を舞台とした戦いは終局へと向かい、最初に敵が侵入した北門で終わりを迎える。

 命を燃やしながらアサシンを追う魔王アラタ。そして、そんなアラタを追う魔王軍の面々と勇者パーティー。この戦いに身を投じた者達が北門で一堂に会する。

 夜明けを目前に控えた現在は深い闇が世界を覆っており、それはこの町の民の心を表現しているようであった。

 しかし、確実に時は進んでおり闇が支配する時間は終わりを迎えようとしている。夜明けの時は刻一刻と近づいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る