第186話 芽生える殺意②

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


「なんだ? 現実を受け入れる事が出来ずに正気を失ったかなぁーーーーー? くかかかかっかかかかかかかかかかかかかかかかかか!!」


 その時だった。雄叫びと共にアラタの身体から先程までとは桁違いの魔力が放出され、白いオーラが彼の身体を包み込んだ。

 そのオーラに弾かれるようにしてアサシンは吹き飛ばされ、空中で体勢を整え着地する。

 何事が起きたのかと、アラタに向けた視線の先にいたのは白いオーラをその身にまとい、燃えるような深紅の瞳で睨み付ける魔王の姿であった。

 だが、その表情は怒りというよりも、悲しみの色に彩られており、赤い瞳を有した目からは血が流れ涙のように頬を濡らしていた。


「アサシン!! お前は、お前だけは!! 俺がこの手で地獄の底に叩き落としてやる!!!」


「はっ! 何を偉そうに! 半死人のお前にいったい何が出来るって――――」


 アサシンが言い切らないうちに、顔に衝撃が走る。目の前にはアラタがいた。右拳がアサシンの頬を捉え力の限りに打ち抜く。

 顔面を殴られアサシンは吹き飛び、水切りのように地面を転がっていった。アラタの攻撃で脳震盪を起こし一時的な麻痺状態に陥っていた黒装束は受け身を取る事も出来ずに、自分達が破壊した町の瓦礫に激突した。

 アサシンがぶつかった衝撃で壁は粉々に砕け、その威力を物語っている。


「ぐ……がぁ……バカな! たかが拳で殴りつけてきただけでこの威力だと……? いったい奴に何が起きた!?」


 ダメージにより即座に動く事が出来ないアサシンにゆっくり近づいていく魔王。彼の左腕に魔力が集中し、高密度の白いオーラが形を成していく。

 最初は巨大な白い繭のようであったが、先端は5本の鋭利な爪へと変化し少年の身体には不釣り合いな巨大な腕を形成する。


「〝白零・竜爪びゃくれい りゅうそう〟!」


 アラタは離れた位置から左腕をアサシンに向けて振う。背筋が凍る程の殺意と魔力を感じたアサシンは、感覚の戻った両足に力を入れてその場から離れた。

 その刹那、ほんの1秒前までいた所に衝撃波が走り、瓦礫の山を吹き飛ばした。そこには5本の鋭い爪痕が残っており、間一髪で攻撃を回避した黒装束の顔に冷汗が出る。


「な、なんだありゃあ? あいつはもう限界だったんじゃないのか? 報告じゃあ、魔力を使い続ければ反動で動けなくなるって話だったろうが!?」


 顔を引きつらせながら悪態をつくアサシンの言葉に、アラタは自分の情報が知られている事、そして恐らくは魔王軍全員が敵にマークされているのだと察知した。

 だが、その考えも目の前にいる敵に対する殺意の沼に沈んでいき、どうでもよくなる。今、彼を動しているのは激しい憎しみの心だけであった。


「次は…………当てる!!」


 巨大な白い左腕を構えながらアサシンに向かい突撃を開始する。理解の範疇はんちゅうを越えた怪物が近づいてくる状況に恐怖を感じたアサシンは、毒のナイフをいくつも生成し無作為に投擲とうてきする。


「くっ、来るな、来るな! この死にぞこないの化け物が! 死ね死ね死ね死ねシネェーーーーーーーー!!」


 アラタは左腕を盾替わりにして、次々に飛んで来る毒の攻撃を弾きながら速度を落とさずに接近していく。

 そのような無茶な戦い方で全ての凶器をしのげるはずもなく、身体には幾つものナイフが刺さっていく。

 だが、それでもなお怒れる魔王は無となった表情を全く崩すことなく目標地点に到達し、驚愕の表情を見せる憎き敵の腹部に左腕を突き込んだ。


「かっはぁ! バ……カなぁ……!! ど……うして……動ける? 俺のヴェノムダガーを何発も食らったん……だぞ!? そ……れに……既にお前は痛覚増強の毒が……全身に回っている……傷んだ身体を少しでも動かせば耐え難い激痛が走る……はずだ!」


「ああ……あれか……あれならもう壊したよ……今の毒も同じ……魔術で構成されたものだろうが何だろうが、俺の力は全て関係なくぶっ壊せる!! お前の毒の術式は覚えた……もう、お前の毒は俺には効かない!! くたばれ、このクズ野郎!!!」


 アサシンに突き入れている左腕を上方へ振り上げ、そのまま敵を空高く舞い上げる。空中で無防備を晒している黒装束に向かってアラタは地面を思い切り蹴り込み追撃を敢行した。

 淡い月光が地上を照らす中、復讐の獣と化した魔王の白い竜爪が非情な暗殺者の身体に刻み込まれる。

 刻まれた5本の鋭い爪痕から鮮血を吹き出しながら、アサシンは地上へ勢いよく衝突した。遅れて着地したアラタが敵の状態を確認すると、そこにアサシンの姿はなく血痕が町の中央部に向かって続いているのであった。

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