第185話 芽生える殺意①

「お帰りなさいませ、アラタ様。ご無事に戻られた事、本当に……本当に嬉しく思いま――!」


 その時アンジェの左胸に紫色の短剣が突き刺さり、その反動で彼女は倒れ動かなくなった。

 目の前で突然起こった信じられない光景を目の当たりにし、一瞬放心状態に陥っていたアラタが駆け寄ろうとした時、彼の後頭部と背部に衝撃が加えられ地面に押し付けられる。

 

「くくくかかかっかかかかか! なかなかやるじゃあないか、さすがの俺も驚いたぜ。まさかあんな状態で反撃をしてくるとはな。さっきはお前の評価をベスト5と言ったが訂正だ、喜べ断トツで一番だ! こんな殺しがいのある奴は初めてだ! そんなお前に特別にプレゼントを用意したぜ、仲間の女が目の前で息絶えるっていうものだ! 最高だろう!?」


「なっ! ふざけんな! アンジェ! アンジェ!! 返事をしてくれ!!」


 するとアンジェの左胸に刺さった紫色のナイフが少しずつ彼女の身体に入っていく光景が目に入る。


「何だ……あれは? 本物のナイフじゃないのか?」


「くかかかかか! あれは俺が魔術で作り出した毒のナイフだ。 あれには本物のような直接的な殺傷力はないが、ああして攻撃対象の身体に入っていく事で体内のマナに毒が浸透していく。あの赤髪の男にやったのと同じタイプの毒だ。あれが全部体内に入ったら、それでジエンド……もう半分は入ったなぁー、くくくかかかかかっかかかかかか!!」


 歪んだ笑みを一層強くし笑い声が木霊する中、アラタはアンジェの元に向かおうと手を熊手のようにして必死に地面を掻く。

 指先は傷つき地面を血液で赤く染めていく。しかし、アサシンはアラタの背中に乗せた脚に力を入れその動きを封じ、彼の頭を地面に押し付けた。


「おおっと、動くなよ。そこで女の身体にヴェノムダガーが入っていくのを黙って見てろ! かかかかかかっかかかかかかかかかか!」


「離せ、ちくしょう!! アンジェ……アンジェ……アンジェ! ……アンジェーーーー!!」


 アラタの叫びが静まり返った周囲に響く。アサシンに頭を押さえつけられ、身体が動かない中、視線だけはアンジェへと向けられる。

 彼女の中に紫のナイフがゆっくり沈んで行く様子を、アラタは彼女の名を叫びながら見ている事しか出来なかった。

 そして――――猛毒の塊が全てアンジェの中に消えた瞬間、一瞬彼女の身体が震えた。それをアラタは涙を流して見つめていた。


「はい、死んだーーーーー。あっけない最後だったなぁ」


 アサシンはくすくす笑いながら、非情な宣告をアラタに伝えた。


「あ……ああ……ああああ……うああああああああああああああああああああああ!!!! うそだ! うそだ!! こんなのうそだ!!! アンジェ! アンジェ! アンジェーーーー!!!!」


 その時、突然顔面を地面に叩き付けられ、声を出すどころか呼吸さえも出来ない状態になる。


「ぎゃあ、ぎゃあ、うるせーんだよ! たかが女1人が死んだくらいで大袈裟なんだよ……まあ、治癒術が使える女がいなくなった事で、そこの赤髪の男もすぐに死ぬわけだが、かかかかかかかかか! そしたら、最後にお前を殺してやるよ! ここで大人しく仲間2人が死ぬのを見届けて、たっぷり絶望を味合わせた後に殺す!! ああああああ、想像しただけでいっちまいそうになるぜぁーーーーーーー!!!」


 アサシンが恍惚とした表情でこれから起こる残酷な現実をアラタに突き付ける。逃れられない状況に、アラタは自分の心がどこまでも続く底なし沼に沈んでいくような感覚を覚えていた。


(アンジェが死んだ……セスももうすぐ死ぬ……これが、こんな事が現実なのか……こんな事が起こっていいのか? どうして、どうしてこんな事になった? どうして俺は2人を救えなかった? 俺が弱いから? 力を完全に出し切れてさえいればもしかしたらこんな事にはならなかったんじゃないのか? どうしてこいつはこんな残酷な事をこんなに楽しそうにやれる? どうしてこんなクズに2人が殺されなければならなかったんだ? どうして……どうして……どうして……どうして……どうして……どうして……………………………………どうしてこいつは生きている!? そんなのおかしい! 間違っている! アンジェとセスが死んで、このクズが生きているなんてそんなの絶対に間違っている!! こいつは死ななければならない! こいつがこの世界で呼吸をしている事すら許せない!! 殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……殺す……俺が、俺の手で確実にこいつを――――――――――殺してやる!!!!!!!)


 アラタの中で何かが壊れる音がした。だが本人はそんな事はどうでもよかった。彼の心にあるのはただ1つ――――――アンジェとセスを手にかけたこの残酷な男を、自らの手で殺す事だけであった。

 それが例え自分を滅ぼす事と引き換えになったとしても――――。

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